勇者達の翌朝(新書・回想)

□花に寄す・回想U
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新書「花に寄す/海のアネモネ」1の1(ラール)

ベルシレーの事件は、ラッシルでも大きな話題になっていた。私は、またしてもミルファが関わった事件と言うこともあり、あちこちから、コメントを求められる事が多かった。女帝陛下やナスタなら、有り難く思うけど、たいして親しくもない、好奇心だけで聞いてくる連中にはうんざりしていた。昔なら、無視すれば良かったが、今は、適当な相づちを打っている。
旋風のラールも、丸くなったものだわ。自分でいうのも、なんだけど。

ミルファはまめに手紙をくれるので、事件の顛末は一通り掴んでいた。ラエル家はラッシルではあまり評判が良くないが、姉妹が無事で良かったと思う。
私は当分、外出は控えようかと思ったが、閉じ籠っていると落ち着かない。残念な事に、家の中で出来る趣味もあまりなく、一人だと凝った料理を作る気にもなれない。幸い、いろいろと引き受けている、名誉職のような役職があるため、気が紛れる程度には忙しかった。
そんな時だ。
文化庁から、三冊のコーデラの本が送られてきた。またオペラかバレエのネタ本かしら、と思ったが、違った。そのコーデラの小説は、今度、ラッシル語に翻訳されて出版されることになったのだが、このまま普通に出しても良いか、が議論になっていたようだ。
「若い女性向け小説ということで、良家の子女が好んで読むことが予想されますが、教育的に適切かどうかを、有識者に判断いただきたく。」
と添えてあった。
ラッシルの良家の子女は、コーデラ語の読み書きは出来る。無駄な気はするが、まず読んでみた。
小説は「回想のニキ・クリスタ」という連作ものだ。「陸の真珠」「白い海」「貧者の冠」の三作。後一冊、「海中のアネモネ」というのがあるが、発売は来年になる、とメモがある。作者は「グレース・ウォイチェン」、チューヤ系のコーデラ人だ。
書かれた順番は「白い海」が一番先で、その前日譚が「陸の真珠」らしい。
こういうのは、作者の頭にあった順番で読まなくては混乱するだろう。まず「白い海」を手に取る。青い海に白い砂、船が一艘。漁村らしい素朴な絵の表紙だ。

舞台はラッシル。時代は現代のようだが、未来のようでもある。そこは明言していない。
主人公はローランド家の、ユードシアという伯爵令嬢で、ラッシル南西のブランシレンと呼ばれる、広大な領地の相続人だ。ラッシル南西の海岸は、ラーズパーリ、ロサマリナへと通じる地域だが、「ブランシレン」で「白い人魚」、他に「人魚の波止め」と呼ばれる地形が出てきたりで、イメージはベルシレーに近いものがある。
冒頭はユードシアが七歳の頃、従姉妹のルーシリア(一つ年下。父の弟のバルナモント伯爵の娘。)と、領民の(屋敷は海辺なので、主に漁民の)子供たち数人で「冒険」に出るシーンから始まる。洞窟にある、と噂の「海アネモネ」を、ルーシリアが見たがったのだが、海アネモネは、突然変異したイソギンチャクか珊瑚のモンスターらしく、彼女の願いは却下された。だが、ルーシリアは、勝手に村人に話をして、連れていってくれるように頼んでしまう。ユードシアは、案内してくれるという男性が嫌いで、同行しなかった。だが、心配になって、後から連れ戻そう、と、子供たち数人と、洞窟に入る。
ルーシリアは見つからず、明かりをなくしたり、迷ったり、はぐれたり、怪我をしたりで、結局、男子二人と、一晩洞窟で明かした。海アネモネに軽く刺された彼女は、意識を失い、気がついたのは翌朝、屋敷でだった。
ルーシリアは無事だったようだが、すぐ実家に(彼女はいわゆる「跳ねっ返り」で、叔父から行儀見習いにと、預けられていた。)帰された。ユードシアは気絶していたし、洞窟が怖い、という意外は、あまり覚えていなかった。
「大丈夫だよ、怖くないよ、側ににいるよ、ユーディ。」
と誰かが話しかけてくれていた事は覚えているが、目覚めた時に、兄のユードサイム(5つ年上。養子のため、血は繋がっていない)がいたので、素直に彼だと思った。
暫く、暗闇を怖がって、夜中に目を覚まして泣く事があったが、そのたびに、兄が来て、宥めてくれた。
ユードシアは、一緒に行った子供たちの心配をしたが、彼らは
みな無事で、おとがめなしだった。ルーシリアが案内を頼んだのは、何かと評判の悪い男で、「何か伯爵から、金をだましとろうとしていた」という噂がたった。ユードシアは、翌年、皇都の女子校に行くため、故郷を出た。出発の日
見送りの人々の中に、男子二人を探したが、いなかった。
≪私は兄に手を引かれ、新しい場所に向かった。≫

次は、ユードシアが十五になるまで話が飛んだ。彼女視点ではなく、新聞や雑誌の記事や、後年の学者の回想録の形で暫く進む。
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