勇者達の翌朝(新書・回想)

□花に寄す・回想U
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新書「花に寄す/海のアネモネ」1の2(ラール)

その十五の時、ユードシアは、皇太子と婚約していた。が、彼が一方的に破棄した。理由は「ユードシアは皇妃に相応しくない」だった。彼女は大人しく、素行の良い娘なので、これは言いがかりだった。
その理由とは、彼女の子供時代の友人に、現在、政府に逆らう危険人物として、マークされている男性がいたから、という事だった。
その青年はニキ・クリスタ、シリーズタイトルのニキは彼の事だ。女性的な響きの名前だが、彼らの故郷の風習で、一番目に産まれた男子には、女性名をつける事があった、となっている。これはラッシルではなく、東方の習慣として知られている事だ。
彼は、いわゆる下層の労働者からなる団体「壁の大穴団」を率いていた。半分、窃盗団みたいな物だった。しかし、老齢の皇帝と、政治音痴な皇后、さらなる浪費家で評判の悪い皇太子に、便乗した濁流の役人、高官達には、真面目な貴族や騎士でさえも、不満を感じていた。このため、「常識のある者は何かしらレジスタンスをしている」と言われていたほどだ。そういった団体でも求心力はあった。
ニキ達以外にも、富裕な下級貴族と商人からなる「金の秤党」、今は一自治領主となった、元公爵家をもり立てる「紙の王冠派」、移民の知識階級中心の「アンバース党」(ここだけリーダーの名を取った、シンプルな党名だった。カリスマ性の強いリーダーが優秀なため、一番有力な団体だ。)等々、さまざまな団体が出てきていた。「壁の大穴団」は、新しい党派だが、纏まりがないが勢いがあった。
ローランド伯爵は、子供のうちは、男女を問わず、領地の子供達と、ユードシアを自由に遊ばせていた。冒頭のシーンの背景でもある。ニキとは、あくまでもそういった昔の知り合いの一人だ。ただ、ユードシア自身は暗闇の記憶が勝ったのか、顔も名前も、ようよう思い出すくらいだった。ニキもわざわざ知り合いを表明したことはないが、彼がブランシレンの出身というのは有名な話だった。
しかし、もちろん、このぐらいで、普通は婚約破棄にはならない。ローランド伯爵は、浪費家の皇太子について、節約を促し、何度も諌める進言を、皇后や国会に(皇帝は患っていたため)していた。娘が婚約しても、それは変わらなかった。皇太子は、このため、「当てが外れた」、と考えたらしい。それが破棄のこじつけだった。
皇太子は、破棄して一週間後に、つまりほぼ直ぐに、ルーシリアと婚約してしまった。ルーシリアの父のバルナモント伯は、ローランド伯の弟だが、兄とは逆に、皇太子に追従するタイプだった。
ルーシリアは、ユードシアとは反対に、見た目からも、かなり自由奔放な女性に育っていた。彼女もユードシアと同じ学校に入り、仲は良かったのだが、彼女の成績はスレスレだった。皇太子が伝統的な皇族の権利として主張する贅沢には「理解」があり、彼とは相性は良かった。社会不安が高まっている時代背景には理解がなかったが。
が、それでも、皇太子はまたしても、急に婚約を解消した。皇帝がとうとう亡くなって、彼が即位する直前の事だ。皇后として戴冠式に出たのは、北の自治領主の娘で、母親は皇后の従姉妹だった。つまりは母の意見だ。
解消の口実は、ユードシアと同じだが、今度は意味が違った。
ルーシリアは、結婚前に、皇太子の子を妊娠した。皇帝がそれを知って倒れ、小康状態だった健康は消し飛んだ。皇后は「大変な不名誉」と猛反対した。もともと、皇后は「古風な淑女」のユードシアの方が気に入っていたこともある。
皇太子とルーシリアは非難の的にされたが、皇帝が倒れて、皇太子は即位間近、「愛」がかけらでもあれば、問題なかったろう。
新皇帝は、なけなしの愛ごと、ルーシリアと子供を切り捨てた。母親に言われたから、とは言わずに(言えるわけはないが)、子供の父親が不明だから、で押し通した。
ルーシリアは、奔放と言っても、服装や髪型が派手で、口が悪い(伯爵令嬢にしては)程度で、評判は良くはなかったが、他にそういった心当たりはない、と主張した。しかし、皇太子側は、冒頭の事件まで持ち出して、自分が「最初」ではなかった、とまで言い出した。
バルナモント伯は裁判をしようとしたが、ルーシリアは自殺してしまい、伯爵自身も倒れて憤死した。遺産は兄のローランド伯が継いだが、バルナモント伯は新事業のために、領地を半分、抵当に入れていて、それらは処分して補填することになった。残りは、ユードシアの相続分に入れず、養子のユードサイムに継がせた。
ユードサイムの父は騎士だったが、幼いときに死亡(伯爵兄弟を庇って戦死)し、相継いで母親も亡くなったため、ローランド伯爵家に引き取られた。一度は、伯の叔母が養子にした。叔母が亡くなった後は、伯爵自身が引き取っていた。
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