小説:獄寺祭

□いつか、光さす場所へ act.1
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4.


落ち着け。山本は己に言い聞かせた。
屋上。ここは二人にとって特別な意味のある場所だ。
特に山本にとっては、親友の命を危険に曝した手痛い失敗の場であると同時に、綱吉と確かな絆で繋がった、かけがえのない場所でもあるのだが。
もしかすると、自分にとって鬼門だったりもするのだろうか。そう思わずにはいられない山本だ。
一先ず咽喉を潤そうと、弁当と一緒に持参したゼリー状ドリンクに手を伸ばす。
綱吉は、半ば意識を他所にやった状態で、ドリンクを手にする山本を眺めていた。ふと何かが意識に引っ掛かり、ゼリー状ドリンクを吸う山本をきちんと視界に映す。綱吉の思考が止まった。

「山本…それ、美味しい?」
「え?」

味なんか分かっていない、といった顔で山本が口にしているのは、「牛乳inゼリー」。
素直に牛乳飲んでゼリーを食べればいいじゃないか。綱吉は思う。
怪しい飲み物を挟んで馬鹿みたいに見つめ合っているうちに、さっきまでの緊迫した空気は消えた。どちらからともなく、へらりと笑い合う。

「山本ってたまに変なもの飲むよな…」
「ツナも飲んでみるか?」
「いらないよー」

綱吉は短い言葉で拒絶した。
会話が途切れてしまった。気まずい。しかも若干引かれている。なんとかしなくては。
ひそかに焦りつつ、山本は次の話題を捻り出した。

「なー?ツナってオレの事、どう思ってんの?」
「え…?だから、好きだよ?」

綱吉が少し不思議そうに答える。
山本は苦笑した。知りたいのは、もっと肝心な事だ。

「いや、ツナにとってオレって、どんな友達なのかなって」

そういえばどうなんだろう、と綱吉は思った。
今まで、深く考えた事はない。そして今、最優先で考えるべき事の一つでもある。『自分にとっての誰か』の存在。
先程、あれほど深刻に自分の暢気にダメ出しした筈なのに、このダメツナが自分で気付けたってだけでも合格点だと、リボーンに知れたら踵落としを喰らいそうな事を綱吉は考えていた。
綱吉は己を過小評価するゆえに、自己採点が甘くなる傾向にある事に、自分で気付いていない。

「…憧れてたんだ。山本は、スポーツ万能で、みんなの中心にいる人気者で。ヒーローみたいだって、思ってた。…今も、山本みたいにかっこよくなりたいって思うし、山本はオレのヒーローだよ。でも今は、もっと距離が近くなった。頼りになる……オレ…親友、って、初めて出来た……と」

言っているうちに恥ずかしくなってきた。綱吉はボソボソと言葉を濁してそっぽを向く。顔が熱い。
言われた山本は、自分でもおかしいんじゃないかと思うほど感動していた。
出し抜けに好きだと言われた時には喜びよりも衝撃が勝ったが、今は全身が疼いた。綱吉をサバ折りにしてやりたいくらい嬉しい。

「ははっ…!すげー嬉しいのな」

綱吉の言葉に、どうしようもなく顔が崩れるのを自覚した。

「ありがとうな。親友って言ってくれて。オレも、親友はツナだって思ってる」
「や…山本…。なんか、顔が、獄寺君みたいだよ…」

然りげなく獄寺に失礼な事をいっている綱吉の顔は、まだ赤い。

「で、でも、嬉しいな。オレなんかが、山本にそう言ってもらえるなんて…」
「何言ってんだ。ツナはすげーよ!オレにとってのヒーローは、ツナなんだぜ?」

今や懐かしい、持田との決闘。球技大会での活躍。
小さくて大人しい印象しかなかったクラスメートが、意外性と未知の可能性を秘めた身近なヒーローとなって、山本をワクワクさせてくれた。
そして、まさにこの場所が舞台となった、屋上ダイヴ。
その小さなヒーローが、自分だけの為に舞い降りたあの瞬間から。
自分が女だったら、ハルのように恋に落ちていただろうと思えるほど、夢中になった。
綱吉が見せてくれる、人間として当たり前の、しかし示すのはとても難しいカッコ良さに、山本は密かに憧れすら抱いている。
火照った顔を隠そうと手で覆う綱吉の肩を、ポンポンと叩きながら、

「なぁ、獄寺がさ、ツナを事あるごとにボスだっていうだろ?実はオレ、それ結構分かるんだ」
「え?」
「オレと、獄寺とツナと。三人。リーダーはツナだぜ。間違いなく」

気付いてねーのはツナだけだよ、と山本は笑った。

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