小説:ランダム短編→2

□近い距離が、ふたりを遠ざける。
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D27〜5年後〜



本当の俺の姿も知っていて、それでもなお、俺を慕ってくれた弟分。
「いつも日本に来た時、俺のところに来てくれるから、イタリアに行ったら俺が遊びに行きますね」
朗らかな声に一抹の不安を滲ませながら、でも俺と会える距離なのが嬉しいと告げられてから、丸一日は経っていなかった。

「キャバッローネの」

ツナを取り巻く護衛が、俺に気付いて道を開けた。
空港の、人影のないVIP専用ターミナルで、部下を数人従えただけの俺は、数十の囲いの中で守護者どもに守られた至宝と再会した。

「よく来て下さいました。嬉しいです、ディーノさん」

たどたどしい言葉はイタリア語で、差し出された手は握手を求める。
ラストスパートだとかつての家庭教師に会うことを禁じられてから半年。
数日で見間違えるほどの成長を遂げる弟分は、無邪気さを隠して振る舞う術を手に入れ、俺に示してくれた。

「ああ、ようこそイタリアへ、麗しのナポリへ」
「ありがとうございます。でも、ナポリ観光はいつか機会があったらになりそうですね。今日はすぐにシチリアに飛んで、明日に備えなくちゃ」

いたずらっぽく目を細める。
今日はあの家庭教師がいない。
だからこの護衛の数だ。
だが、明日、正式に9代目が10代目候補を明かす手筈になっている。
幹部連中へのお目通りだ。
ザンザスを凌駕したツナは、感情はどうであれ、10代目候補に正式に収まると決まっていた。
来週には、同盟ファミリーにもお披露目だ。
こんなにも気楽に会えるのは最後なのだろう。
なのに、あの日本の小さな部屋で、誰の目も耳も気にすることなく戯れた続きを期待していた己の甘ったれた考えに目眩がした。

握りしめていた手を離す。
絶えず部下といなくてはならないイタリアでの俺と同じになったツナーーーいや、10代目に寂しさを悟られないように微笑む。

「ナポリ観光の時はぜひ声をかけてくれ。うちの部屋も余ってるからな、泊まる場所も探さないですむぞ」
「それは楽しみですね。すぐにでも実現できたらいいのに」

乗り換えのプライベートジェットを待たせていると言われ、1週間後のお披露目での再会を約束して別れる。

人目を気にしたのは初めてだった。
突き刺さる視線ではなく、それがなかったら何をしたかったのか、それを考えるのが怖い。

「立派になっちまいましたね、ボス」
「……そうだな。帰ろうか」
「はい」

ロマーリオが電話をかける。
迎えの車と、キャンセルするレストランとに。


ーーー何もなくて、良かった。

燻った感情のままに押し込めていた欲望までもが引きずり出され、その言葉だけを救いにした。
きっと、何か特別な関係になっていたら、正気でいられなかっただろう。
気を使う質の綱吉は、周りの大人たちを心配させないために、今日みたいに振る舞い続けるだろう。
素顔を見せる仲間はいる。
幾度も共に戦った守護者たち、巻き込みながらも守り通した仲間たち。

ーーーその中に、己が入っていないと嫌だと駄々をこねられる立場ではなかった。
最初に、それこそ出会ってすぐに感じた心のままに、綱吉の中に入っていけたら、また違ったのだろう。
憧れを一心に受けるポジションにのぼせ上がるだけの時間は終わった。

「ボス、今日はゆっくりしてろよな」
「ああ、ありがとうロマーリオ」

部屋に着くと、小さな違和感を感じた。
簡易デスクの上に封筒があった。
ずいぶんと読みやすくしっかりした文字になっていたが、見間違えるはずのない筆跡に、ペーパーナイフを持つのももどかしく、慎重に封筒の端をちぎる。

『お誕生日おめでとうございます。
直接言いたいけど、言えなかったら悔しいので、せめてカードを送ります』

プレゼントを選べなかった謝罪や、遊びに行きますという言葉が、ぼやけて読めない。

『日本から送る最後の手紙です。手渡し出来ないのが、少し悔しいです』

人目を気にしなくていい最後の手紙は、本心だけが詰まっているようだった。

「……日本語は、筆跡が変わらないんだな……」

本音のままならない高みに昇る小さな弟分に、かつての自由に心を馳せるだけの思い出を持たせられたことを誇ろう。
近くても、遠くからしか見守れないが、

それでもおまえのことを、大事に思っているよ。
 

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