小説:ランダム短編→2

□俺も大概、甘くなったものだ。
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「あ、ラルなんだ」
「ああ!?」

ドアを開けて最初に目にした光景とかけられた言葉に、「あ」に濁点が付きそうな返答をしたのも仕方ないだろう。
希代の脱走未遂王ともあろう者が、性懲りもなく窓枠に足をかけてるっつーのに入室を求めるノックに気楽に許可しやがって。
いや、入れと返答を聞く前にドアを開けたかな。ここの連中はノックしない野郎が半分、ノックだけはするのが半分、俺は後者だ。ーーー部屋の主たるボスに、入室を拒む権限がないのは確定してる。
俺は悪くない。むしろ脱走を企てるな、無駄なんだから。

「窓からなんざ、100%見つかるだろ」
「ちえーっ」

ばさりと手にしていた書類を机にたたき付け、腕を組んで睨み付けると、20代も半ばの男が口を尖らせてかわいこぶった。
似合うんだな、これが。
脱走を完全に封じず、脱走しかけた所を捕まえてじだんだ踏ませるのが1番おいしいんだと、かのドエスは言っていた。
これか、これが見たいのか。アホだなリボーン。腑抜けめが。

「ちなみに、窓からじゃなかったら、どこがオススメですか、ラルさん」
「……答えるとでも?」
「だから、参考までに聞かせてくださいよ」

書類に落としていた目を上げ、ニッコリ笑いかけられた。上目使い……背が高い奴がやられたらドキュンだな。確か、背の高い順で変態だと綱吉が言ってたような気がする。根拠はと聞いたら、ないと胸を張っていたが。
まあ、こいつの霧が、背丈も変態具合もずば抜けてるから、仕方ないイメージだろう。

「正面突破が、意外とお勧めだな」
「あれ、同意見」
「……意見が合致するということは、既に試して失敗してるといいたいのか?」
「何回かはね、でも窓からのがスリリングだから好きだよ」
「100%捕まるのに?」
「鬼ごっこって、楽しいよね」
「……ボスのお守りは意外と大役だな」
「そうだね、ごめんね?」
「?」

首を傾げて謝られた。
いつもなら数センチだけ高い位置にある目がすくめた首の分低くなって、同じ高さで見つめ合う。……居心地が悪い。

「それでラル。今度こそ成功したいんだ」
「俺に見逃せってか?」
「近いけど、遠い」
「俺は甘くないぞ」
「甘いドルチェは、意外と好きでしょ」

綱吉が、胸ポケットからごちゃごちゃしたカラフルな色が踊る紙を取り出して、広げて差し出して来た。若い女性向けの雑誌なのか、やたらポップでかわいらしい誌面にケーキやらの菓子類が並ぶ。

「ラル。実はな、今日の俺の超直感は、脱走に成功すると告げているんだ」
「それとこれがどう関係する?」
「一緒にケーキを食べに行こう!!」
「なぜ俺が?」
「来た人を丸め込めば脱走出来るのはわかってたんだけど、今日だけは絶対に逃げ出せるってラルを見てさらに確信したんだ!!」
「どういう意味だ?」

綱吉はぱあっと笑顔になった。太陽みたいな満開の花みたいな、闇に染まる者が焦がれる笑顔。
見たら胸が苦しくなるのに、目が離せない。

「妙齢の女性は、可愛いものやおいしいものをプレゼントされたら喜ぼうよ!!これは義務だよ可愛い女の子として!!楽しまなくちゃダメだって!!」

女の子?
誰が、と言いかけて口を開いて茫然とする俺の肩を掴んで体の向きを変えると、背中を押してドアに向かわせられる。

「……ケーキ1つでおまえの脱走の手引きなんて、割に合わないな」
「2コでも3コでもいいよ。ジュースも飲もうよ!!」
「そういう問題じゃ…」
「どうせ、屋敷の敷地外に出たらチュデフの管轄だろ?あらかじめ捕まえてると思えばいいさ」
「……言うようになったな」
「そりゃま、皆が鍛えてくれるからね」

ドアを開いた外では、背中に軽く添えられた手を意識しながら歩く。
すっかりイタリアの伊達男の素振りがうまくなったこいつは、俺が少しでも抵抗したら作戦がバレることに気付いてないらしい。
甘いものが苦手だとか、脱走なんてとんでもないとか、言うべき台詞はたくさんあるし言い慣れているというのに、胸の奥に閉じ込めてしまった。

甘い甘いボスといる時点で、甘いものが嫌いだなんて言えなくなっちまってる。

俺も大概、甘くなったものだ。






……「近未来を読み解く星の瞳」が題の予定でした。
カッコイイ題名に合う内容にならなかった…。←いつも題名から決めるとズレる。

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