小説:ランダム短編→2
□生まれて来る夜と、死んで行く朝の…
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初めて見かけた時から、この男だけはダメだ、と思った。
破滅、という言葉が浮かんで霧散した。こいつは、全てを無に帰す。
俺が、ボンゴレを解体して消そうとしているのとは違う。俺は、ボンゴレという名前の鎖を切り離して、それぞれが一般社会に住家を構えることを目指している。「表向き」である表の仮面を取引を、それこそが全てとしてしまえれば、裏が消える。
裏であるボンゴレが消える。
だが、実際の人や物や仕事自体は、前と変わらず有り続ける。
裏社会でだけ生きていた人間は、表で生きる術を与える。裏でしか生きられない人間なんて、いない。誰だって、変われる。苦しみに満ちた闇から抜け出せない人間なんていない。
闇の、悪の甘さなんて、嘘っぱちだ。そんなものは、暖かな日差しに比べるまでもない。
怯えない夜、必ず明ける朝、他愛がない昼前の喧騒、穏やかにたゆたう午後、静かに訪れる夕暮れ。
降り積もるだけの濁った澱が、いつしか消えて行く温かさ。
そこに切り込む、研ぎ澄まされた冷たい氷の刃のような、薄い色の眼差し。
こいつは、俺の世界を壊す男だ。俺が築こうとしている全てを破壊する…。
いつの間にか見つめ合うように視線が絡んだまま、挨拶も歩み寄りもせず、ただ背筋を凍らせていた。
俺の描く世界、未来、希望、皆の姿の全てを消す手段を、彼と俺だけは知ってる。気付かれたことと、彼はそれをやるだろうということが、わかった。悲しいくらいに確実に成し遂げるだろうと、超直感が教える。
ーーー俺の心臓がひとつ、あればいい。
にっこりと笑った彼に、つられるように笑いかけた。嬉しくて堪らないというように。
「10代目?」
獄寺君が訝しんで声をかけてきた。俺の視線を追って、顔をしかめる。ああ、知ってるんだね。あの男の、表の顔を。
「ジェッソがなぜ…」
「聞かない名前だね」
「今はミルフィオーレと名前を変えています。ジッリョネを吸収した新興マフィアですよ」
「ああ、それなら聞いたことがある」
俺が聞いたことがあるという程度の、格が違うニュースだった。
「彼はボス?」
「呼び立てますか?」
「いや、名前だけで」
コツリと靴が間近で鳴った。
「白蘭」
目をやると、ニッコリと人好きする笑みを浮かべた男がいた。
「白蘭と言います。ドン・ボンゴレとお見受けします。新参者の身で、失礼いたします」
頭を形ばかり下げる。背が高い。体を倒して、ようやく視線が揃うくらいに。
「よろしく。ミルフィオーレの噂は知っているよ」
「それは大変名誉なことです。いずれ、あなたと握手出来る程には大きくなりたいとは思ってますが、歴史を重んじるこの世界でボクがあなたにまみえる栄誉など、もう二度とないでしょう」
「そんなことはないね」
獄寺君が驚いて肩を跳ね上げるのを目の端に捕らえながら、手を差し出す。
「いずれ握手するなら、今しても問題ないでしょう?」
「……光栄ですね」
指先が触れた瞬間に走った痛みは、なんだろう?
表情ひとつ変えない白蘭も感じたかどうかはわからなかった。ただ、互いにわかったことがあった。
「運命の相手、ですね」
「口説き文句にしか聞こえないけど」
いつまでも手を離さない。離さないのは、俺の方かもしれない。
「……運命、ね」
「占いとか信じちゃう方ですか?」
「信じるのは、自分の血だけだよ」
「ああ、ボンゴレの」
手を離して、でもまだ感触も温度も残っている。
「あまり、急がずにおいで」
そう言って笑いかけて、背を向けた。早く、この場所から離れたかった。
こんな、怖くて怖くて仕方ないなんて、中学生の頃以来だ。
そして、飲み込まれてしまいたくなるなんて。
「10代目?」
「獄寺君。あいつは危険だよ、危険過ぎる」
「はい」
心臓が破裂しそうだ。怖いのか喜んでいるのか、冷たいのに沸騰しそうだ。
確かに俺は、破滅に、自分が死んで今の責任から逃げることに魅力を感じてる。全てをぶち壊す、白蘭に惹かれてるさ。
でも、彼は俺の心臓を手の平に乗せる、運命の相手なんだ。
未来に逆らうことに、意味はあるのか?破滅への傾倒を、安易な恋慕と間違えたくなるのは許されないのか?
ーーーどうせ、たどり着く終着点は同じだと超直感は告げているというのに。
二度と会いたくなくて、すぐに会いたくて堪らなかった。
消してしまいたくて、消されてしまいたかった。
それを望む自分を許せないと思う反面、死に行く自分は許されたっていいんじゃないかと甘い誘惑が浮かんだ。
浮かんだそれを、殺した。
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