小説:ランダム短編

□その生き物の名前は、天使
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天使



目に鮮やかな、黄色い葉が風に揺れている。
死んだ葉だ。
切り捨てられるのを今か今かと待つだけの、葉緑素が逃げ去った後の、もぬけの殻。

「散歩?」

振り返るまでもなく、こんな風に声をかけてくる人間は1人しかいない。
だが、振り返る。
色が鮮やかだ。
きっと、鮮やかさなど客観的にはなくとも、闇に閉ざされ今解き放たれたばかりの俺の目には、全ての色が初めて映る原色に感じられる。

そして、その元凶が、こいつだ。

「カスが、迷わなかったか?」
「どうだろ?」

小さく首を傾げ、頬をかき、笑う。
とろりと溶けるような琥珀の液体が、木漏れ日を透かして立っている。
よくわからない生き物。
怖がらない子供。
怯えない子供。

興味を無くしたフリをして、視線を元の並木に戻すと、隣に座ってきた。

ヴァリアー本部の裏手の山に点在する、熊ほどの大きさの岩のひとつ。
襲撃の際に、敵を潜ませ、また反撃の際の足場にするために転がしてある岩に、血を流さないまま子供が座る。

おかしな光景だ。

透明な秋の空気が、こんな場所さえも支配している。
風が死んだ葉を揺らす。
だが、まだ落ちない。
まだ、堕ちない。

「これ」

坐り心地なんかカケラもない岩だったから、寄り添うように座っていた子供が、何かを差し出して来た。
小さな子供の手の平大の、小さなキューブ状の箱。

「リボンがついてるプレゼントは、開けてもらうもんなんだってね」

言外の「開けろ」という言葉に逆らうつもりはなかった。
こんな小さな箱なんて、きっと無くしてしまう。
中味だけは見ておこうと思った。

指輪だった。

「指が寂しいんじゃないかって、思っただけだから、今投げ捨てても構わないよ」

焦った声でまくし立てる子供を見ると、耳も首筋も赤い。顔は背けられているが、赤いのだろう。

「…捨てて、いいよ?」
「捨てて欲しいのか?」
「捨てないでくれたら、うれしい」

こちらをようやく見た顔は、当然真っ赤だった。
無駄に色素がないコーカソイドではない肌は血色がよくなると実に生き生きとして見える。
健康的というのか、太陽に愛されて健全に生きている臭いがする。

フン、と軽く鼻を鳴らして、指輪を指でつまみ上げて木漏れ日に透かす。
ホッとした息が聞こえる。
体を支配していた力が抜けてこちらに意識が向かってくるのが感じられた。

「もっとゴツゴツしたのが似合うと思ったんだけど、その、高くて…」
「親の庇護下なら、こんなもんだろ」
「…でも、がんばったんだからね」

指輪は銀で出来ていて、石も飾り掘りもなくて、螺旋を描いているだけのシンプルなものだった。
つまんでいる指に力を加えたら、簡単に形を変えるほどの華奢なフォルムに、イラ立ちよりも慎重に扱おうとする気持ちが先立った。

「…誕生日おめでとう、ザンザス」

ぽつりと告げられて、ようやく意味がわかった。
この子供は、平和な国で幸せに生きてきたのだ。
きっと、裏などない純粋な親睦を深める行事なのだろう。

「…別に、便宜上の日付だ」
「あ、やっぱり?出来過ぎだと思ってたよ」

アハハと軽やかに笑う。
つられて口元が緩んだ。
それを見つけた子供が嬉しそうに声を弾ませた。

「じゃあ、本当の誕生日は?」
「知らん」
「そっかー。……じゃあ、今日渡して正解だね」

あっけらかんと笑顔のままで告げた子供は、背景など知らないだろう。
養子だという情報から、勝手に納得しているのかもしれない。
母親に売られるように放り出され、名前も生まれも全て自らの手で築き上げねばならなかったことなど、
言ったところで、この子供には無意味だ。

純粋で綺麗なものだけで作られている子供の、透明な瞳を曇らせる必要はない。
例え、超直感という圧倒的暴力で俺の全てを見抜き支配している存在だとしても、
目の前で笑いかけてくる子供は、俺の中からですら澄んだ感情を沸き上がらせる。

与えられた指輪を指先に当てる。
指輪というのが、なんとも皮肉だ。
無意識か、もしくは無意識を装った計略か。
浮かべる笑顔が純真にしか見えてない時点で、見定めることは諦める。

ボンゴレという、俺が知る全ての世界を支配する組織を、全てを支配する資格を示す指輪の、その持ち主である綱吉。
その綱吉から与えられる指輪は、犬の首輪か馬のくつわか、囚人の足枷のようなものだろう。


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