小説:ランダム短編

□アンインストール
1ページ/2ページ

枝葉を切り落として、太い幹になる。
要らない枝の栄養を吸収する。

自分が勝ち残るために。
自分がいる世界が、選ばれた世界であるために。
切り落とした無数の枝葉の断末魔の叫びをも糧に、
これからも、生き残り続けるために。

ーーー裁かれる日まで。



「こんばんは」

綱吉が声をかけると、見慣れたTシャツの男が振り返る。
記憶より、1歳年上の彼。
笑った顔は、全てを悟って穏やかだ。

何度も見て来た、笑顔。

「待ってたよ、綱吉くん」
「はい。……ここは、どうでしたか?」
「うん、細かい所はこれで見て欲しいんだけど、だいたいは計画通りだから安心して」
「……ありがとうございます」

暗く硬い声に、男は笑った。いっそ晴れやかに。
そして、だらりと下げたままの綱吉の手を取ると、その手に記録チップを握らせた。

「ポケットへ」
「はい」

胸ポケットにしまうと、伏せていた目を上げる。

「正一さん、これからどうするんですか?」
「さあ?」

入江正一は肩をすくませた。
とてもじゃないが、国を越えた研究開発機関の秘密を漏洩した直後には見えない。

「君が秘密を漏らすことは有り得ない。だから、今まで通りにやっていくよ」
「……はい」

何度でも彼はそう告げる。
最初に話し合った時に、そう言おうと決めたんだと告げられたこともある。

「綱吉くん、元気で」
「はい、正一さんも…」

何度も再会しては二度と会わない別れを繰り返す。
違う未来に向かう自分に、この未来へのレールに乗った彼を追うことはできない。

この枝における10年間の正一を小さなチップに詰め込んで、ひょっとしたらこのチップが持ち帰られた瞬間に終わるかもしれない枝の上で、
それでも正一は笑って綱吉を送り返す。

過去から来た綱吉に危害を加えたら自分の存在が確実に失われるという、自分自身を人質にされた時空を越えた拘束。
未来から干渉を与えたら、自分のいる枝が根本から朽ちると解っていながらの取引。

「もう時間だ。会えて嬉しかったよ」

耳に付けた装置から、カウントダウンが終わりを告げようとしていた。
体に取り付けた機械たちが服の擬態をして、周囲にある全てを記録していく。

「さよなら」
「うん、……僕によろしくね」
「はい」

10年後バズーカの煙が起こって視界が覆われる。

目をつぶっていながら、網膜に10年間のデータが映し出されて流れていく。

あの入江正一の、10年間。

脳に刷り込まれるようにざっと見たそれの余韻ももどかしく目を開けると、「お帰りなさい」と声がかかった。

「ただいま、正一さん」

見慣れた正一の姿を見たからか、安堵のためか、深く息を吐いて歩み寄る。
そして、胸ポケットから先程のチップを取り出し渡すと、代わりに新しいチップを受け取る。

「分析は?」
「まだほとんど見てないよ。コピーしただけだから」
「俺には正一さんのは、よくわからないよ」
「わからなくて、いいよ」

互いに疲れた顔をしていた。
たった5分間、違うことをしてきただけなのに。

「未来は、どうだった?」
「うん、正一さんは正一さんだったよ」
「そっか。よかった」
「窓っていうか、ガラス張りの部屋でね」
「うん」
「外には何もなかった」
「そうなんだ。仕方ないね」
「……俺はどうだった?」
「生きてた」
「そうなんだ」
「怪我してたけど、笑ってたよ」
「うん、正一さんも笑ってた」
「……よかった」
「うん、よかったね」



→2へ。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ