小説:長編・中編

□Sweet Devil
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Sweet Devil 1



少し、機嫌が良いようだ。
部屋に入ってすぐに、スクアーロはザンザスを取り巻く空気が、ほんの少しだけ明るいことに気がついた。
微々たる違和感だが、気分屋かつ苛立ちを行動で表現することに躊躇いを覚えない上司をもつ身としては、こういった小さな変化に気を配ることが重要なのだ。
さて、今日は何か面白いことでもあっただろうか。
スクアーロは、本日のザンザスのスケジュールを脳裏に呼び出す。
すぐにヒットするものがあったが、そこで改めて首を捻った。
変わったイベントはある。

ボンゴレデーチモ候補、沢田綱吉の訪問。

ボンゴレ本部としても、ヴァリアーとして、かなり大きなイベントといえる。
けして小さくない意味も持っている。
だがしかし。

(どうしてそれで、浮かれてんだぁ?)

カスと見下し、最初は自分の手を動かすつもりすらないように見えたくらい、取るに足らない相手と認識していたはずだ。
そもそも、この訪問自体、沢田綱吉が「是非会いたい」と言い出したものだ。
そこからして訳が分からない。
最初に連絡を受け取ったのはスクアーロだったが、直通の携帯から沢田綱吉の声で日本語が聞こえた時には、理解が追いつかなかった。
何事かと思えば、ボンゴレノーノからヴァリアー全員の直通ナンバーをもらったという。
狸ジジイめ。ろくでもねぇ。
しかしメンバーを考えれば、電話をかける相手としては妥当なところといわざるを得ないだろう。
面倒くせぇと思いながらも、用向きを確認すれば、意外な言葉が飛び出したのだ。

「ザンザスと会いたいから、面会の予定を組んで欲しい」

まず正気を疑った。
それから、あの家庭教師のアルコバレーノに脅迫でもされているのかと疑った。
更には、ボンゴレノーノや食えない家光に唆されてでもいないかと疑った。
どれも否定された。
そして真剣な声で懇願された。

「頼むよスクアーロ、どうしてもザンザスに相談したいことがあるんだ」

お前はあの男を何だと思っているんだ。
おとなしく他人の相談などに付き合ってくれるような人間だと思ってんのか。
肝だめしか。
なんか騙されてねぇか。
いや寧ろザンザスへの嫌がらせか。

即座に複数のツッコミが浮かんだが、飲み込んだ。
己の上司はあの乱暴極まりない男だが、既に沢田綱吉もボンゴレにとって大きな意味を持つ人物だ。
単純なヒエラルキーで言ったら、スクアーロのはるか上に位置するのだ。
一つため息をついて、スクアーロはラップトップの前に移動した。
不本意ながら、ヴァリアーの秘書の役割まで果たしているスクアーロだ。
面会が実現しそうな時期は、すぐに確認できた、が、近々とはいかない。その前に、ザンザスが応じるか、甚だ疑問だ。

「希望は伝えといてやるけどよぉ、期待はするなぁ」

そう言って電話を切ったのが、昨年末。
クリスマスの次の日だった。

ヴァリアーの中ではかなりの常識人であり、一般的に見てもかなりマジメなスクアーロは、翌日には綱吉の意向をザンザスに伝えた。
そしてもらった返答は、「うるせぇ、カス」の一言と灰皿による一撃だった。
誰もタバコなんざ吸わねぇくせに、どうして灰皿が置いてあるのか。
スクアーロはいつも疑問だったが、銃で撃たれるよりは灰皿で撲られるほうがはるかにマシであることを知っているから、何も言わない。
ともあれ、予想通りの対応であったことを綱吉に伝え、これでこの話はおしまいだ、と思っていたのだが。

「カス、今月中に面会のスケジュールを組め。沢田綱吉が来伊する」

新年になって、いきなりザンザスがのたまった。
展開についていけず、呆けていると例によって灰皿が飛んできた。
側頭部の理不尽な痛みを抱えたまま、沢田綱吉に連絡を取れば、驚いたことに彼は直接ザンザスに電話をし、口説き落としたのだという。
たいしたもんだと感心しながらも、いつの間にそんなに懐いたんだ何があったんだと、少し心配になってきた。
随分必死じゃねぇか。
移動の行程や日時を詰めていると、現実味を帯びてきた予定に安心したのか、沢田綱吉は「ああ、よかった」と洟をすすりはじめた。
ボンゴレデーチモ候補に、電話口で半べそかかれ、スクアーロはできればこれ以上関わりたくないなぁ、なんて思いながら側頭部の瘤を冷やすための氷嚢を作った。


そんなグダグダからわいた面会の日が、今日だった。
微妙にご機嫌な上司をちらりと確認する。
沢田綱吉は11時には到着し、昼食を共にする予定だ。
今回のVIP警護は、キャバッローネが買って出ていたから、おそらく跳ね馬も一緒だろう。

(あのへなちょこがボスの機嫌を損ねなきゃあいいがなぁ)

デーチモ候補の来訪。
ほんの少し、楽しみに感じていることは否定しない。
だが、今日は己にとって厄日になるかもしれない、とスクアーロは諦めに似た気持ちで、まだ朝のみずみずしい空へ目をやった。
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