小説:獄寺祭
□いつか、光さす場所へ act.3
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いつか、光さす場所へ 9.
屋上の扉が視界に入り、険しかった獄寺の目元が和らいだ。
扉を開ければ、主が待っている。
昨夜、ビアンキと別れてから、獄寺は少し心が軽くなっていた。
安心するような事を言われた覚えは無い。むしろ不安を明確に突きつけられたようなものだが、不安が漠然としたものではなくなった分、多少落ち着いたのかもしれない。
あくまでも多少、であり、過敏になっているのはよく分かっていた。
今だって、ほんの少し綱吉の傍を離れただけで、苛立っている有様だ。
主から離れたらまるで使い物になっていない気がする。これは傍にいたいとか、それどころではすまないのではないかと獄寺は頭を悩ませた。
だが今は、考えるより綱吉の元に急ぐ。
なにしろ空腹を抱えた主が、恐れ多くも自分を待っているのだ。
獄寺は最後の数段を軽やかに駆け上り、元気良く扉を開いた。
「お待たせしました10代目!……って、テメェこの野球バカ!気安く10代目に触ってんじゃねぇ!!」
明るい太陽の下、獄寺の目に飛び込んできたのは、敬愛する主。と、その手をとっている山本。
妙に距離の近い二人を確認するやいなや、獄寺は怒鳴りながら山本に詰め寄った。
「さっさとその手を離せ!」
「いーじゃねーか、触るくらい」
「いいわけあるか!だいたいてめーは不敬なんだよ!」
のんきに笑う山本に、獄寺が噛み付く。乱暴に山本の手を掴んで引き離した獄寺を眺めながら、綱吉は苦笑した。
自分に自信を持ちきれない綱吉は、先ほどまでのどこか熱っぽい、動きの制限されるような空気を獄寺が吹き飛ばしてくれたことにほっとしていた。
強引に山本と自分の間に割り込んだ獄寺のシャツの裾を、ちょいちょいと引っ張る。
「獄寺君」
「はいっ!なんでしょう10代目!」
体ごと振り向いて元気に返事してくれる獄寺に、綱吉は少し嬉しくなる。
自然に微笑が浮かんだ。
「食べようよ。オレ、腹減っちゃった」
綱吉の笑顔に、あっという間に獄寺の機嫌が浮上する。
「…はいっ!」
「おー」
獄寺のたいへんいい返事に笑いながら、山本も自分の弁当を引っ張り出した。
ところが、号令をかけたはずの綱吉が動きを止めている。どうかしたのかと目をやると、獄寺を見上げたまま固まっていた。
「…?」
今度は獄寺の顔を見て、理解する。
これ以上ないくらい嬉しそうな、満面の笑顔。山本はちょっと引いた。
そしてほんの少し、面白くないと思った。
「ツナ」
「…っえ?」
山本の声に意識を取り戻し、振り向いた綱吉の口に、先ほどから飲んでいたゼリー飲料を突っ込んでやる。
「へぶっ!?」
「んなっ!?」
目を白黒させる綱吉。おろおろしながら綱吉の背中をさする獄寺。
二人の視線が外れたことに満足したが、自分でもおかしな行動をとった自覚がある山本は、綱吉にごめんな、と謝罪した。
綱吉が口の中のゼリーを飲み下したのを確認すると、獄寺は山本の胸座をつかんで怒鳴りつけた。
「てめーはいきなりなんて事しやがる!」
「いや、ほんとごめんなー、ツナ。なんか…ちょっとな」
「謝って済むかふざけんな!10代目にワケのわかんねーモン飲ませやがって!」
「ははは、獄寺だっていつもきしめんパンだのソーメンパンだのばっか買ってるじゃねーか。それにまずくは無いんだぜ、コレ」
なー?と笑顔で同意を求める山本。綱吉は評価に困った。
「んー…薄い杏仁豆腐みたい…?」
たしかにまずくはないのだが。微妙だ。
ぬるくなってるし。
せめて冷たければなあ、とそこまで考えて、綱吉は正気に戻った。
「…って、そうじゃなくて!食べようよ、早くしないと時間無くなるよ!」
これ以上二人に振り回されていたら、本当に昼休みが終わってしまう。食いっぱぐれてしまう。
綱吉は自分の弁当箱と、背中をさすってもらった時に放り出された、獄寺のパンが入った袋とを引き寄せた。
うまく引っ張れず、袋から半分近くはみ出た状態になってしまったパンを袋に入れなおしながら、おやと思う。
「珍しいね?今日は菓子パンなんだ」
「へ?お前そんなに甘いもん好きだったか?」
恭しく綱吉からパンを受け取って、獄寺が残念そうに答える。
「…売り切れてたんすよ、今日は授業が終わるの、遅かったから…」
「………」
「へー…」
人気あるんだ。ソーメンパン。
愛食している獄寺に失礼な感想だが、綱吉と山本はその意外な人気に心の中でツッコんだ。
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