小説:獄寺祭

□いつか、光さす場所へ act.4
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いつか、光さす場所へ 12.


それぞれに思うところがありながらも、楽しく昼食を終えた五時限目。
学生の多くにとっては、睡魔との戦いの時間だ。
教科は歴史。
教師をも上回るかもしれない知識量を持つ獄寺は、不戦敗を決め込みさっさと眠ってしまった。
大変よろしくない態度だが、中学生にあるまじき迫力を持つ上に、成績だけならトップというこの優秀な問題児に、効果的な注意ができる教師はいない。
やればできるくせに野球以外に興味を持たず、特に勉強に必要性を感じていないために万年補修組のひとりである山本も、半ば以上意識を飛ばしていた。
そして最近、主に家庭教師によって命を危険に晒されるという、間違った形で勉強の大切さを叩き込まれつつある綱吉も、そろそろ睡魔に降参しようとしていた時の事だ。
眠そうな生徒が多いことにため息をついた教師が、眠気覚ましにと少々脱線した雑学を披露し始めた。

「世界一般的に使われる意味での『奴隷』という階級は、日本には無いことになっているが…」

『奴隷』
嫌な言葉だ。綱吉の意識が覚醒側に傾いた。

「賎民といわれる『被差別階級』の存在が…」

要領が悪く、体格も同級生に劣るため、ダメツナと呼ばれ使いっ走り的な事もさせられた経験を持つ綱吉だ。
そんな小さな差別でも、存在そのものをを踏みにじられるようで、酷く傷つくものだとよく知っている。

「蔑称は古い物では、古事記や日本書紀にも記載があり…」

教師の口から出た古典文学の名前が、綱吉の意識に引っかかった。
勉強なら、リボーンから何かを教わった時のことだろう。
しかし、何故か酷く不快な気分になったような気がする。

「妖怪退治の伝説で有名な武将で…」

いったい何が引っかかったのか。
綱吉は自分のあまり性能の良くない頭を情けなく思った。
嫌な気分になったのも確かだが、酷く重要な意味があったはずなのだ。
早く思い出さなければいけないと焦る中、教師の話は続く。
そして次の言葉で、綱吉は全てを思い出した。

「鬼の他に、蛇、そして土蜘蛛といった妖怪を退治しているが、これらは全て…」

ガタン。
急に立ち上がった綱吉に、教室中の視線が集まる。
立ち上がったものの、綱吉は俯いたままで、多くのクラスメイトには綱吉がどんな表情をしているのかを確認することはできない。
しかし、隣の席の笹川京子からは綱吉の顔がよく見えた。
顔色が、青を通り越して真っ白だ。
酷い衝撃を受けたように、見開かれた目。
そして机の上で微かに震えている拳。
自分が立ち上がったことすら気付いていなさそうな様子に驚きつつも、京子は控えめに声をかけた。

「ツナ君…?」

京子の優しくきれいな声が、綱吉に現実を取り戻させた。
呼吸さえ止めていたようで、噎せそうになる。
気管で止まっていた空気を強引に飲み込み、その痛みに涙が滲んだ。
情けない顔をしていることは分かっていたが、京子に謝意を表すために綱吉はほんの少し口角を上げて見せた。
京子の顔から心配が消えることはなかったが、顔を上げてまっすぐに教師を見つめた。

「先生」

綱吉の声に、離れた席で上がっていた雑談や、小さな笑い声などが消えた。

「すいません、気分が悪いので保健室に行かせてください」

普段の気弱な少年とは思えない声だった。
語調が強いわけでも、声が大きいわけでもない。
しかし、意志が乗った、しっかりとした声。
のまれたように、教室は静まり返ったままだ。
社会科教師は綱吉の様子に驚いたが、顔色の悪さは本物だ。若干気圧されながらも頷いた。
許可を得た綱吉は、ようやっと教室内に目をやった。
わけも分からず笑っている者。
どうでもよさそうな者。
驚いた顔をした山本。
ウィンクを飛ばす内藤ロンシャン。
冷静な表情の黒川花。
心配そうな京子。
そして、

「獄寺君…ごめん、付き添ってもらえるかな」

今にも傍に駆け寄ってきそうだった獄寺に付き添いを頼むと、教師がはっと表情を変えた。
配慮の足りない発言をするところであったことを気付かされたばかりでなく、普段は落第生の一人である綱吉が、思わぬ知識を持っていたことにも驚きを隠せない。
綱吉の頼みを断るはずもない獄寺は、頷くのももどかしいとばかりに席を立ち、綱吉を廊下へと誘導する。
教室の扉を閉めたタイミングで、教壇側の扉が開き、教師が追いかけるように顔を出した。

「沢田」

教師の声に、のろのろと振り向く。

「…その…獄寺も、すまない」
「いえ…」

気まずい表情の教師に、綱吉は無理やり笑顔を向けた。
気遣わしそうに獄寺がその背を支え、保健室へと促す。獄寺にとっては教師の謝罪より、今の尋常でない綱吉に気が気ではない。
綱吉がふらついただけと大差ない会釈を残し、獄寺の手を握って歩き出す。
教師は複雑な思いで二人の背中を見送り、迂闊な己を悔いながら授業に戻った。

→13.
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