小説:イースター

□イースター<序>
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イースター<序>
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「妙な匣を、白蘭サンが寄越して来たんだけど」

入江正一は、いつもの素っ気ない口調で綱吉に5センチ角のキューブを渡す。
手の平に受け、綱吉は呼吸に気を使う。

……入江さんは勘が鋭いからな。

興味深く目の前にかざして、フタを上にして正面の窪みに目をこらす。

「そこ、模様があるでしょう」

背後から声がした。
この入江正一の研究室にオールスルーで現れるのは白蘭以外には有り得ない。
超直感を動かすまでもなく白蘭だった。彼は、絶対企んでいるに違いないといういつもの笑顔で近寄って来ていた。

「この指輪の模様に似てるよね?」

疑問形だが断定だ。
間違いなどない時ほど、相手に反論を許すスキを作って己の優位を強化する。
そんなちゃちなものが通じるメンツではないのと、白蘭は無意識にやっていたため会話は特に途切れない。

「それを取りに行ってたんですか」

白蘭が匣を放り投げると、正一が見終わる前に、消えていたことを咎めて睨む。
もとより通じないのは承知なため、迫力はまるでない。

「正チャン、怖〜い!!
ねぇねえ綱吉クン、正チャンがね…」

白蘭が、綱吉に話し掛けるチャンス!!とばかりに振り向くと、
目を半分閉じて静かな空気を纏った綱吉が、リングを左の中指に嵌めて、匣をかざしたところだった。

「綱吉サン、なにを」
「しっ」

止めようとした正一の口を、力付くで塞ぎ、白蘭は目を綱吉から離さないままで右の人差し指を唇に当てて微笑んだ。

「おいで」

囁く声と同時に、リングの細工を箱の窪みに当てる。
カチリと音がして、完璧にはまり込む。
そして同時にぴったりと閉じられていた箱のフタが、勢い良く煙りを出しながら開いた。

「あッ!!」

驚きの声を上げる正一と白蘭の周りを、箱から出たモノが大回りにぐるりと回って、綱吉の足からよじ登ってその肩に落ち着く。

「いい子だ。……久しぶりだね」

頬を擦り合わせるのは、綱吉の顔と同じくらいのサイズのリス。
長い膨らんだ尾はリスだろう。
だが、その体毛は緑色で、静電気が弾けるような音が絶えず起こる。

「綱吉クン、それは?」
「白蘭!?」

はっとして顔を上げた綱吉は、今気付いたかのように白蘭を凝視し、視線を正一にも向け、しまった、と表情で言った。

「えと、これはその。
え〜と、ぴったりハマりそうだな〜って」
「ハマったね」
「うん、そう!!
こんな仕掛けになってるんだね!!」
「匣の中身を、知っていた?」
「まさか!!」

青くなった綱吉が、必死に否定すると、リスはふと顔を上げると素早く匣に戻り、フタが閉まって全く元通りになった。

「これの名前は?」
「名前なんてないよ…」
「でも、知っていたね?中に何かいることと、中を呼び出す方法を」
「偶然だよ」
「………その偶然があと少し早く起きていたら、彼は失明せずに済んだだろうに」
「!?」

残念そうな表情の白蘭を、目を見開いて睨む。

「誰か、が、……開けようとした?」
「みんな、開けようとしたよ。開けられたのはオメガだけ。
開けたって言っても、爆発したんだけどね」
「力を込めすぎたのか…」
「そのようだね」

ニコニコと、上機嫌な白蘭に、綱吉は隠し通すのは不可能だと諦めた。
白蘭の圧力に屈するのではなく、ミルフィオーレでさえ起こる悲劇を、
勘が鋭く慎重な白蘭のようなボスを持たないマフィアたちはいくつ起こすだろう、と気付いてしまった。

「綱吉クン。教えてくれるかな?」
「………」
「僕は、君の秘密が知りたいんだよ」
「………秘密、ね」

ふ、と年に似つかない暗い笑みを浮かべる理由を、白蘭は知りたかった。

「わかったよ」


綱吉は顔を上げると、白蘭に背中を押され、正一と共に白蘭の部屋に向かう。
白蘭が集めた匣兵器と力あるリング。これらを見た上でしか話せない。
ため息をぐっと飲み込み、覚悟を決める。

逃げて逃げて、逃げて逃げて逃げてずって逃げていてなかったことにしていた現実は、
綱吉が知らなかっただけで後悔するような事実は起こり続けるものなんだと。
……いい加減、認めるよ。


かつて出来なかったことを、今なら出来るかも知れない。
居心地のよい白い居城を出るだけの力を与えてくれた白蘭を、
嫌いではなくなっていた。


そして扉は開かれる。

後戻りはしないと決めた綱吉が見定める方角に、彼の道は敷かれていた。


<序>終了。

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