小説:獄寺祭

□免罪符〜indulgentia?〜
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教育委員会からのプリントとやらは、他のクラス(1年生かな)の手で大量に印刷されて置かれていた。

「遅いぞ、ボンゴレボーズ」
「しょうがないだろ〜。いろんな委員とか、決めてたんだから」

シャマルが俺に声をかけながら、獄寺くんには軽く手を挙げ、獄寺くん自身は無視を決め込む。

俺たちと入れ違いに出て行った1年生、今入って来たのは3年生(ほら!!俺たちが最後じゃないじゃん!!)、
シャマルが不機嫌な理由はすぐにわかった。バレバレすぎだ。

「世の中には数多のかわいこちゃんがいるってーのに、なんで俺んとこにはヤローばっかり…」
「ハハ…。日頃の行いの成果ってやつなんじゃ…」
「お?言うようになったな。カテキョーのスパルタの成果か?」

ニヤニヤするシャマルに、イーっと歯を剥き出す。
病的な女好きと、男子を見るたびため息ついて、男は治療しないってのさえなければ(この時点で保健医として最悪だが)、
たぶん俺はこの人を嫌いじゃない。

「10代目!!行きましょう!!」

腕を引かれて見上げると、いつものイラついた顔の獄寺くん。
いつもと少し見る角度が違うと思ったら、片手にプリントを持っていた。

「え?うちのクラスの分?もう数えたの!?」
「これくらい、10代目のお手を煩わせることではありません」
「え、でもありがとう。半分持つから…」
「気にしないでください。あまり量はありません」

確かに、片手で持てるくらいだ。
でも。

「ダメだよ。俺も委員なんだから」
「しかし」
「しかし、じゃなくて」

手を差し出す。うっと少し後ずさる獄寺くん。

「貸して」
「でも」
「でも、じゃないでしょ!!獄寺くん!!」

キッと睨むと、しゅんとうなだれる。
本当は、こんなことしたくない。
俺だけに見せる、大袈裟すぎる笑顔や落胆が、周りを驚かせているのに気付きたくない。

「俺だけに」が、
悲しくて嬉しくて重くて苦しくて切なくて、喜べない。

俺は、そんなに偉大じゃない。

唇を軽く噛むと、プリントの上半分を取る。それを、片手に抱え直すと、さっき掴まれていた手で掴んでいた手を握り返す。

「行こ。…シャマル、これ配ればいいんでしょ?」
「おう。ガンバレ飼い主」
「…違うよ!!」

俺が睨んだくらいじゃ
愛する蚊たちに噛まれたくらいにも堪えないシャマルの、ひらひらする手を見送られて、
保健室から出る。


まだロングHRの廊下は静かだ。


静かな空気は、なにかで埋めたくさせる。
獄寺くんがしゃべらないなら、俺が話すしかない。
聞き耳立てられてもいいや、なんて。
普段なら考えないのに。

多分、みんなが黙って息を潜めている沈黙ゆえの、誘惑。

心の奥から沸き上がる秘密になっていた言葉を吐き出したくなってしまう。

「あのさ、獄寺くん」

びくって震えたのが、掴んだ手首越しに伝わる。

怒られると思っているなら、それを怒りたくなる。

「聞いて、獄寺くん。今のこととか関係なしにね」
「申し訳ございません10代目!!」
「だから!!」

声をあげて、慌てて口を閉じる。

「…だからっ。謝ったりとか、そういうの、おかしいよ」
「しかし…」
「だからね、聞いて。考えてたんだ、獄寺くんのこと」

「俺のこと」とつぶやき返して、おとなしくなった。
造作がいい人だから、黙っただけでとても躾の良い室内犬みたくなってしまう。
これも、この無表情に近い顔も、俺にばかり向けているのか。
いたたまれない。
もったいない。

ぎゅっと一瞬目を閉じて、開けると獄寺くんを真っすぐ見つめる。


階段を昇って踊り場へ。
声は響くけど、その分、聞き取りにくい。

廊下よりは、いい。恥ずかしいことを言いたいから。


→つづく→
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