小説:獄寺祭

□いつか、光さす場所へ act.1
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2.


HR前に、こそこそと向かった保健室では、シャマルとリボーンが優雅にコーヒーを嗜んでいた。
どうして自分の周りには、学校を私物化する人間が多いのだろう。綱吉は膝をつくほど脱力した。

「ちゃおっス。ツナ、お前も飲んでいくか?」

珍しい家庭教師様のお誘いに、苦笑しながら断りを入れる。
淹れたてのエスプレッソダブルショット。
鼻腔をくすぐる芳醇な香りは好きだったが、綱吉はミルクを入れたほうが美味しいと思っている。独特の苦味も酸味も美味しいとは思うのだが、味が強すぎる。
その主張を、親愛なる家庭教師は鼻で笑ってくれた。

「どーした、ボンゴレボーズ。怪我や病気なら他をあたれよ」
「……保険医として、そのセリフはどうかと思うよ、シャマル」

オレは男は診ねーんだ。と、もはや挨拶となりつつあるセリフにも、綱吉は律儀にツッコミを入れる。
シャマルは自他共に認める無類の女好きだが、基本的に子供の頼みを無碍にはしない。綱吉はそう認識していた。

「訊きたいことがあるんだ。獄寺君の事なんだけど」

綱吉はいいかけた。

「しらねーぞ」

遮ったのはリボーンだ。

「部下の様子を把握するのは、ボスの仕事だ」
「獄寺君は部下じゃないよ。俺は友達の心配をしてるだけだ。ねぇ、シャマル。獄寺君に何か変わったこととか、あった?」

指輪戦が終わってまだ数日。この間に、師弟に会話があったのか、綱吉は知らない。しかし、獄寺について何か聞ける相手など、師であるシャマルか、姉のビアンキ以外にいないのだ。
そのビアンキはタイミング悪く、昨日から食材探しの旅に出てしまった。こうなると、シャマル以外に頼れる相手がいない。
シャマルはどこか必死な様子の綱吉をさりげなく、しかし注意深く観察していた。少しからかって緊張をほぐしてやろうかとも思ったが、小さな旧友の視線がそれを阻んだ。

「…さーなぁ。もう俺が教えることはねーし、アイツも俺に何も言わねーさ」
「そう…」

それは嘘や隠し事などない、掛け値なしの真実だったが、期待に沿う答えではなかったようだ。
返ってきた声が随分と頼りない事に、シャマルは少しひるんだ。

「おいおい、ボーズ。しっかりしろよ」
「情けねー顔してんじゃねーぞ。正統後継者がそんな面してたら、示しがつかねーだろうが」
「リボーン!」

家庭教師の言葉に、綱吉ははじかれた様に顔を上げた。

「オレはマフィアになんかならない!」
「獄寺はマフィアだ」

黒衣の赤ん坊は、容赦なく切り捨てた。

「おめーは友達だと思ってるかもしれねーがな、獄寺は自分がマフィアであることを疑ってもいないし、とっくの昔に使えるべき主人はお前と決めている」

言葉を捜して立ち尽くす綱吉を、シャマルは見ていた。
握り締めた拳の白さが痛々しかった。
獄寺に生を選ばせた時には、あれほど頼もしく見えた少年が、今は哀れなほどに危うい。
それでも、歯を食いしばって踏みとどまる子供に、手を差し伸べる必要はないのだろうとシャマルは思う。
蒼白な顔で、それでもリボーンを見つめる瞳が、輝いている。

「リボーン。オレにもう少し考える時間をくれよ。オレはまだ何も分かってない。分かりたくないのかもしれないけど、考えてる。でもまだ理解なんてできてないんだ」
「ツナ、忘れるな。お前はボンゴレなんだ。答えを出すのはお前だ。それが何であろうと、ボンゴレの意思だ。そして正解かどうかも、お前が決めることだ」
「リボーン、オレは、きちんと答えを出したい」

まっすぐに力強く言うくせに、使う言葉は頼りない綱吉に、二人は苦笑した。

「出したい、じゃなくて出すんだぞ。ダメツナ」
「ま、良く考えるんだな」

うん、と頷く姿は、稚い。沢田綱吉が見た目通りの子供ではないと理解していてなお、危なっかしく思えてならない。
対応を決めかねたのをごまかすように髪をかきあげるシャマルに、リボーンは微かに口角を上げた。


予鈴に急かされ、綱吉は退室した。
ありがとう、と頭を下げながら閉められた扉を、シャマルは見るともなしに見ながら呟いた。

「お前んとこの弟子も、意外に頑固だなぁ」
「ああ。手強いだろ?」
「お前さんが気に入るわけだ」

赤子の姿をしたヒットマンは、ニヒルに笑った。

→3.
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