小説:獄寺祭

□いつか、光さす場所へ act.2
3ページ/6ページ

7.


夕暮れの街の片隅で。足下に横たわる男を眺めながら、獄寺はひとつため息をついた。
隠密を優先するため、守護者に接触を図ろうとする者は発見次第、問答無用で奇襲している。獄寺の感覚からしても乱暴な、まるきり通り魔の手段だが、素早く確実にしとめるには適していた。
しかし問題が一つ。倒すより、倒した後が面倒だった。

獄寺は男の全身を一通り探ってみたが、所属が割れるような物は見つからない。当然だ。
いっそ息の根を止めてから、雲雀に手配を依頼するべきだろうか。
そんな考えがふと過るが、直ぐに打ち消す。
生かしておく事が、後々厄介な事になるかもしれないとは思ったが、綱吉を悲しませると思えば躊躇われた。
優しい主なら、相手がたとえ敵であろうとその命を奪うことはしない。それどころか、救おうとする。
身をもってそれを知った時、獄寺はその行動にたいそう驚いたが、綱吉にとってはそれこそ無意識レベルの、あまりにも当たり前の行動なのだ。
結局獄寺はいつもの通り、一人では解けない程度の拘束を男に施し、人目につかない場所に放置した。


「あれっ?獄寺さん?」
「……ッ」

竹寿司へと向かう途中、横合いから声がかかる。振り向いた先にいたのは、三浦ハルだった。
一度家に帰ったらしく、私服姿だ。

「珍しいですね、お一人ですか?」
「…なんでもねーよ。おめーこそこんな場所で何やってんだ」
「ハルはこれをツナさんに差し入れに行くんです!」

ハルが調理実習で作ったという焼き菓子を手に、ハートを飛ばしながら嬉しそうに笑った。
面白くない。獄寺の口角が少し下がった。
戦いが終わってからこっち、獄寺は学校帰りに綱吉の家に寄る事が出来ていない。
今日も自分はこれから山本の周囲の張り込みだというのに、ハルは綱吉と共にすごせるのだ。
一途に綱吉を慕うハルを、実は高く評価している獄寺だったが、それとこれとは話が別だ。

状況が落ち着くまで、後どのくらいかかるだろうか。
今までのように、平和でやさしい時間は、いつ戻ってくるのだろうか。
また学校帰りに、主の家に寄っていく事ができるようになればいいのに、と。
そこまで考えて、獄寺は違和感を感じた。

今のこの状況は、主の勝利に端を発している。
沢田綱吉の勝利。
それは輝かしいことであり、綱吉がボンゴレの正当後継者となった、ということだ。
これで主の素晴らしさを誰もが知る事になるだろうと、獄寺は心底誇らしく、喜ばしいと思っている。
彼に肩書きがつくことで、獄寺が仕える対外的な理由にまで正当性がついてくる気がする。
心が浮き立つようだった。

しかし同時に。それは綱吉が正式に自分のいる世界の人間になった、ということでもある。
あの、優しくてきれいな人が。
この、暗い場所の住人に。
それを思うと、獄寺の気分は沈んだ。

本当に、それでいいのだろうか。

沢田綱吉。
この人と決めた。己の主。
平和でのんきなこの国で育った獄寺の主は、華やかな人ではない。遠慮がちで、控えめで。お世辞にも積極的とは言いがたい。
しかし、彼は獄寺が今まで知らなかった、きれいで柔軟な強さを教えてくれた。新しい世界を見せてくれた。
普段は気弱でありながら、強い意志を持った人。
彼こそがボスに相応しい。
けれど──獄寺はそう信じているが、綱吉がボスになる事を望んだことはない。
時に軽快なツッコミで、時に困ったような笑顔で、マフィアになる事を拒んでいた。

「…?獄寺さん、あの、どうかしたんですか?」
「あ?」

かけられた声に、思考が霧散する。
ハルが怪訝そうな顔で、獄寺を見つめていた。

「ええと…元気が、ないです」

ハルは先程から急に黙り込んだ獄寺の様子に戸惑っていた。
もしかしなくても、獄寺は自分がどんな顔をしていたのか、気づいてないのだろう。
何を言っているのだ、といわんばかりに眉間にしわを寄せる様はいつも通りだったが、先ほどの表情はいつもの精彩がない、どころではない。まるで迷子の子供のようだった。
ハルは言葉を選んで問い掛ける。

「その…心配事があるんだったら、ツナさんにお話してみたらどうですか?きっと相談に乗ってくれます」

一緒に、行きましょう?
控えめに誘い出たハルに、獄寺は盛大に顔を顰めてみせた。
相談?出来るわけがない。

「余計な世話だ。大体10代目のお手を煩わすようなことじゃねぇ。あの方の時間を、こんなくだらないことに割く気はねーんだ」
「でも…」
「いちいちうるせーぞアホ女。なんでもねーんだよ!」

断ち切るように、獄寺が吐き捨てた。
ハルは獄寺を見る。癇癪を起こした子供のような顔をしている、と思った。

「なんでもないって言うんだったら、なんでもない顔したらいいじゃないですか!」

売り言葉に買い言葉だと分かってはいたが、いつも言い合いをしている分、ハルも獄寺に遠慮がない。
しかし、獄寺の目が酷く揺らいだのを見て取り、ハルは言い方を間違えたらしい事に気付いた。

「…ッオレがどんな顔してようが、テメーに関係ねぇだろうが!さっさと行っちまえ!…10代目が心配なさるだろう」

獄寺の言葉は乱暴だったが、それはいつもの事だ。この少年が、本当は不器用な優しさを持っている事位、知っているから気にもならない。
そんなことより、覇気が抜け落ちている事の方が、よほど気になった。
ハルは真っ直ぐに獄寺を見つめながら言う。

「そりゃあ…ハルはツナさんに会いに来たんです。獄寺さんに用はありません。でも…そんな顔した獄寺さん見て、放っておけるはずないじゃないですか!」

酷いことを言われたはずなのに、ハルの表情には憤りや悲しみよりも心配の色が濃い。
それを見て取り、やりきれなくなる。獄寺は背を向けた。
逃げるように立ち去る獄寺に、今度こそハルは腹立たしくなった。
今、心配されるべきなのは獄寺の方だ。
素直になれないだけで賢い彼が、自分を案じる気持ちに気付かない筈はないのに。

「どうしてそんなに意地っ張りなんですか!?」

そんなことは自分が知りたい。
獄寺は思った。

「おせっかいなんだよ…ワリィ…けど、放っておいてくれ…」
「獄寺さん!?」

ハルの声が追いかけてきたが、獄寺は振り返らなかった。振り返れなかった。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ