モンスーノ

□雨
1ページ/1ページ



最悪だ。
雨が降るなんて聞いていない。理不尽な怒りを今朝天気予報をちらりとも見なかった自分にぶつけては、自分に聞こえるように舌打ちをする。

店が連なるストリートではあるが、もう店の大半がシャッターを下ろしているし、現に俺が雨宿りするために立っていた屋根のある店もいよいよ閉める準備をしている。

ーとりあえず、完全に閉まるまではいさせてもらおうー

そういって被っていた毛糸帽を優しくとった。
店には会計を済まそうとレジの前にたつ最後の客、レジ打ちをする男。それに、テーブルを吹いている男がいた。ちょっと色気のある女性一人くらいいたっていいんじゃないかとつまらなさそうに最初こそ思ったが、夜になれば閑散とするこのストリートなら、安全をとって早く帰らせたのかもしれない、と勝手に考えていた。しかし、雨が止む様子は一向に見えず、そんな考え事をしているうちに最後の客はとっくにいなくなっていた。店もライトを半分ほど消していて、まるで居ては悪いような気に駆られ、濡れるのを覚悟に去ろうとしたときだ。

「待ってくれ」

店の男が立っていた。歳は中年程の、カットこそしてはいるがあまり手入れしていなさそうな黒髪の男は至って穏やかにそういって去ろうとした俺を引き留めた。

「あぁ、すまないな。金でも払った方がいいか」

「いや。それより、少し冷えただろう。コーヒーでも飲まないか」

「生憎、そんな金は持ち合わせてないんでな。遠慮しとくぜ」

「試作のブレンドなんだ。と言っても明日から売りに出すんだが。私の息子が作った。働き始めたのは最近だが腕は確かだ。君に飲んでほしい」

相変わらず優しい顔つきと声でガラスのドアに手をかけては促すようにもう片方の手で招く。正直なところ、この雨で少し体が冷えていたので、暖かい飲み物が欲しかった。そこで、俺は渋々と、欲に負けて促されるまま店に入っていった。

後ろで俺が店に入ったのを確認してドアを閉めようとしていた男は思い出したように口を開いた。

「しかし…、さっきはいくら払おうとしたんだ?」

「…1セントくらいかな」

そう答えると男は寛大に笑い声をあげた。俺は悪かったな、と拗ねるように口を尖らせ、カウンター席に腰を下ろした。




暖かいをコーヒーを入れるには数分時間がかかる。その間頬杖をつきながら、一人で淡々と話す男の言葉を頭の中で並べた。コーヒーを入れているのは先程テーブルを拭いていた男だった。いや、青年というほうが相応しいかもしれない。俺よりも若そうだった。

差し出されたコーヒーからは温かさを示す湯気とほのかに誘う特有の香り。俺は誘われるままゆっくり、味わうように飲む。目の前ではコーヒーをいれた張本人がコメントを待ちわびて、じっと俺を見つめている。



飽きた(笑)



 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ