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□Maiden thinking
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俺はご機嫌だった。
昨日、珍しく報酬のいい仕事をした。仕事内容は簡単だったがなんせ依頼主が巷では有名なお金持ちだったわけで、内容は自分が所有している山に孫が溺愛している犬が逃げてしまったから探して欲しい、と言ったものだった。
少し時間はかかってしまったが太陽が沈む前には見つかり、夕食まで用意してもらい、俺たち三人と犬の捜索ということで連れてきた定春は腹一杯、財布の中身を珍しくいっぱいになった。

そんなわけで、何週間ぶりにパチンコに行ったのだ。
お金を無駄にするなー、という新八の忠告は無視したのだが、今回は帰っても怒られることはないはずだ。
右手には酢昆布と甘味。
左手にはお通ちゃんのクリアファイル。
あいつらの喜ぶ顔が思い浮かんだ。

俺はご機嫌だった。

いつもは会えば言い合う犬猿の仲である多串くんとあってもニコニコ笑えるくらいにご機嫌だった。
場所はパチンコ屋のある街とかぶき町をつなぐ橋の上。
「お、これはこれは鬼の副長様と沖田くんじゃねーの」
両手がふさがっていなければ手でも振っていただろう。それくらい、ご機嫌だった。
「またパチンコですかぃ、旦那ぁ」
「まぁなー。ま、今日はいつもと違って大勝よ」
そう言って両手に抱えた袋を少し上に上げる。
「ハッ、平日にパチンコたァ大層なご身分だな」
鬼の副長様は機嫌が悪いようだ。
その証拠に眉間にはいつもより深い皺が刻まれていた。
俺はご機嫌だった。
その仏頂面をどうにかできねーかな、と思うくらいにご機嫌だった。
「ほい」
「あ?何だこれ」
袋を漁って差し出したのはカフェオレ。
いつもはあるはずのいちご牛乳がなかった代わりに買ってみたのだが、やはり飲む気にはなれなかった。
「何ってカフェオレですけど」
「毒でも入れたのかよ」
仏頂面のまま、受け取ろうともしない。
「普通のだから安心しろって、ほら」
「いらねぇ」
ふん、とそっぽを向いてしまった多串くん。
そんなに嫌うかね。
「マヨばっか取らねーで、ちょっとは糖分も取れよ。眉間の皺、すげーぞ」
もう一度ぐいっと、手を突き出してみた。
「だからっ、いらねぇー!」
軽い力だったが手を叩かれ、その衝撃で俺の手からカフェオレは落ちてしまい、そのまま橋の上を転がり川に落ちてしまった。
あ…、と小さく呟く。俺ではない。
「あーぁ、土方さんひでぇや」
うるせぇ、と言いかけた多串くんだったが途中で言葉を止め唇を噛んだ。
自分がわるいと認めているが、謝るにも謝れないと言った様子だ。
「いや、別にパチンコの景品だし気にしなくていーぞ。」
「珍しいですねぃ。旦那ならこれをネタにちびちび集りそうなのに」
「今日の俺は機嫌がいいんだよ。」
じゃ、そろそろいくわ。と多串くんの横を通り過ぎようとしたとき、着流しの裾に重みがかかった。
見てみれば多串くんが、掴んでいる。
「あー……なに?」
「…………………ぃ、んだよ……」
同じ背丈だから俯かれると表情もわからなければこえも小さく聞き取りにくい。
なんなんだ、と思いながら顔をのぞき込めば襟を力強く掴まれ引き寄せられた。
「気持ちわりぃーんだよ!クソ天パ!」
「………………はぁあ?」
両手にふくろを抱えていなければ襟を掴み返していただろう。
機嫌のいい俺でもさすがに急に気持ち悪いと言われれば怒ってしまう。
しかも、今日に限っては何一つ悪いことはしていないし、むしろコイツがしたことを許してやった。感謝される立場だ。
なのに、
「ヘラヘラしやがってきもちわりぃ」

いら。

「はいはい、そーですか。悪うございましたぁー。真選組の副長様は大層機嫌が悪いそうなので、本日ハッピーハッピーな銀さんは消えマース」
「なっ、てめっ、バカにしてんじゃねー!」
「べっつにー?バカにしてませんがー」
こんなんになるんだったら、呑みたくなくてもテメーでカフェオレ飲んどきゃぁ良かったと今更ながらに後悔する。
「その態度が馬鹿にしてんだろーが!!」
多串くんの横を通り過ぎようとしたとき、無理矢理胸ぐらを掴まれ引き寄せられた。その衝撃に両手に持っていた袋が落ち中身がぶちまかれ、酢昆布は橋を通る人々に踏まれファイルはふわりと風に流され橋の下に飛ばされていった。

二人して、あっ………、と声を漏らす。
条件反射なのか俺の手は土方の胸ぐらを掴み返していた。
「おっまえなぁ……いくら機嫌悪いからってこれはねぇんじゃねーの?」
「機嫌なんか悪くねーよ」
「じゃあ、この手を離しもらえませんかね」
「てめーが、先に離せよ」
「お宅が先につかんできたんでしょーがァァ!!」
「うっせぇぇ、いいから離せって………」


「とりあえず、二人とも黙りなせぇ」


胸ぐらを掴みあっていたので、お互いの距離は目と鼻の先よりも近い。鼻の数センチさきというくらいだ。その距離がなくなった。

女のよう、というわけではないが久しぶりの感触は気持ちよかった。

至近距離で見つめあっていた。

お互い動くこともできず、たぶん相手はパニックを通り過ぎてフリーズしているのではないかと思う。

いつもは睨みつけているだけの瞳ではなく、驚きで溢れている瞳は丸くなんとなく、可愛かった。

いつもは見ない子供のような表情をしているからか、すこし虐めてみたくなる。

ペロッと、舐めてみた。
「ぅ?!ぎゃあぁぁぁあ!!!」
「おいおい、可愛げのねぇ声だな。」
隊服の袖で口を隠しパチパチと開閉する目。
じわじわと顔が赤くなっていったかと思えばキッとこちらを睨みつけてきた。
「そ、そ、そそうごおおお!!お、おまっ、なにしてっ………!!」
「いやー、なんか言い合ってるもんで、まずは黙って二人の意見をしっかり聞こうと思っただけでさぁ。」
「どんな黙られ方だァァァ!!」
まあ確かにキスして黙らせようと考えるのも珍しいが、沖田くんだからなんとも思わない。
うるさいな、という態度を隠しもせず沖田くんは耳をふさいでいる。

「いやー、キスとか久しぶりだったわー。相手男だけど」
「っ!うる…」
「よかったじゃねーですかぃ。相手男ですけど人の体温と触れ合えて。金もねえ旦那はしばらくご無沙汰でしょーや」
「おい、ただでラッキーみたいな言い方やめッ…」
「いやいや、銀さんモッテモッテだから。体足りないくらいにモッテモッテだから。」
「お前ら、人の話を……」


「でも、まあこの人の初めては貴重なんで良かったと思って下せぇ」


みるみるうちに赤くなっていく多串くん。
怒りで赤くなっているわけではないようだ。
「へぇ…初めて」
「俺が知る限り初めてでさぁ。昔から遊女とかにはキスさせねぇししないって聞くんで」
「ファーストキスは好きな奴とってこ…」
「んなわけあるか!!」

思いっ切り拳が飛んできて鼻に激突した。
頭蓋骨が痺れるような痛みに思わず目が潤む。
潤んだ視界で見る多串くんはぷいっと横を向いてしまったが憎き黒髪サラサラストレートから覗く耳が赤くなっている。

「いてて……うん、まぁあれだ多串くん。キスなんてただの口と口の接触だから、そんな大したもんじゃねーよ。気にすんなや」
「…………お前は……少しも気にしねーのかよ…」

ちらりとこちらを向く。
同じ背丈なのに何で上目使いになるんだ。

「おれー?まあ、キスなんていっぱいしてきたからね。いや、これでも銀さんにモッテモッテだからー、」
「少しは気にしろ天パ!!」
「ちょ、多串くん?!」
「あと、多串じゃねぇ!土方だ!ちゃんと呼べ天パ!!」
「ちょ、お前天パ天パってさすがに傷付くんですけど…っておい!」

そのまま俺の制止の言葉も聞かず多串くんはスタスタと速歩きで言ってしまった。

「何なのあれ………」
「名前で呼んで欲しいって…どこまで乙女なんでさぁあの人。」
「は?乙女?あいつが?」
「じゃ、俺はこれで」
「は?ちょ、なんなのマジで!」

なぜか機嫌よさげな沖田くんはスキップしながら行ってしまった。




せっかく、パチンコで珍しく勝って神楽と新八の土産も手に入れたのに、その土産は橋から落ちて今では魚の餌になってしまうし。

けど、意外に気分はそう落ちていなかった。
珍しいものも見れた気がする。赤く染まったあいつの顔とか…。


「土方…か」


次会うまでには、ちゃんと言えるように練習しておこうと思う。




Fin.

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