□我が儘honey
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次の日の早朝。

三成は、左近の部屋の前に腕を組んで仁王立ちしていた。昨晩気長に待とうと決意したはいいが、この性分だ。やはり気になるものは気になる。
だから早々に胸の靄を晴らしてしまおうとここに来た。
だが…

(出てくる気配すらないとは、どういう事だ?)

忍の者を立て調べさせてから判ったのが、左近の朝は意外に早い事。
奴の場合しっかりしている、というより変なところで一貫性があるといった方が正しいだろうか。

…しかし、かれこれ半刻程待っているのに部屋からは物音ひとつさえしない。
定刻が過ぎても起きてこないという事は、すっかり爆睡しているか若しくは既に起きて出掛けているかのどちらかだ。
後者ではない事を望みながら、三成はそっと襖に手をかける。

「誰だ。」

襖を少し開けたところで、轟くように威圧する低音が部屋の内から投げ掛けられた。
長々と沈黙を守っていた空気が突如動いたことに多少驚きつつ、三成はいつも通りの声音で返す。

「左近、俺だ。少しばかり話がある、入っても構わないか?」
「…………。」

刹那の間。身じろぐ気配がした。
衣擦れの音が、部屋の主の焦りを表しているかの様に忙しなく鳴っている。…心の中の滅多に顔を出さぬ良心が、ちくりと痛んだ。

「殿でしたか、これは失礼。何にしろ起きたばかりで身支度もなっちゃいませんで…それでも宜しければ、どうぞ。」

焦った様子で、左近が早口で告げる。
了承を取れば後は用件を済ませるのみだ。三成は勢いよく襖を開け部屋に上がり、左近へと視線を向けた瞬間、彼の首筋に目が釘付けになった。
逞しい首に散る鬱血の赤い華。
よく見れば鎖骨のあたりにも、無数に残っていて、昨日行われたであろう情事の影を生々しく物語っていた。
一点を見つめて動かなくなった主を見、左近は別段動じることなく笑いながら答える。

「ああ、これですかい。なんていいますか…昨日はどうもしつこくてですね、その…」
「よい。別にお前の惚気を聞きに来たのではないからな。」
「これまた失礼。…では、何を聞きにいらしたんで?」
「あー……。」

尋ねられ反射的に黙ってしまった。
何故だか人間いざ聞かれると切り出しにくいものだ。まごつく三成にしびれを切らしたのか、左近は徐に立ち上がって衝立の向こうへ行き身支度をし始めた。
兎に角何か言葉を発さねばと気ばかりが逸る。

「左近。」
「はい、なんですか殿。」
「そっちに行かずとも、ここで着替えれば良いではないか」
「…殿はこの左近の裸を直視したいので?」
「なっ…!?」

絶句する。
そういうつもりで言ったのではない事を相手も判っている筈だから尚更。
からかわれているだけなのに、いつもの冷静さは何処へやら。頭には罵倒する語彙しか浮かんでこない。

「この痴れ者が…っ、もういい。起こして悪かったな!」

声を荒げて言い放ち、足元に転がる枕を手に取ると左近が居るであろう衝立の向こうへ放り投げた。
上手く当たったのか、聞き慣れぬ呻きが耳に入る。
三成はそのまま無言で部屋を後にした。




その帰り際、廊下を歩きながら形容しがたい思いに襲われる。
からかわれた事に対する苛立ち?
…否。

「痴れ者、か。……どっちがだ。」

呟きながら、今にも薄皮が裂けんばかりに強く唇を噛みしめる。
長い長い1日が始まろうとしていた。



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