BOOK サッチあの子シリーズ

□あの子が逃げた
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サッチさんとの練習が始まって


「だから、そこはそーじゃないって。もう1回」

「肩の力は抜け。もっと気を楽にしろ」

「んな怖い顔で挨拶したら、誰も握手してくれねぇよ」


とうとう2日後にパーティーを迎える
練習も追い込みに入ってるんだけど
だんだんキツくなるサッチさんの言葉遣いに
イライラする雰囲気

どうして、んな事もできねぇの?
そう言ってるオーラに、さらに失敗する
焦るサッチさんに、さらに焦る私
二人してぐるぐる悪循環

そしてとうとう


『逃げ出しちゃった……』


敵前逃亡
いや、サッチさんは敵じゃないし
サッチさんを目の前にして逃げたわけじゃないけど
その雰囲気が嫌になる


『自分のヘタレめ……』


高いヒールにも慣れてきて、足もくじかなくなったし
目線も足元をみないで歩けるようになった
恥ずかしくないくらいのテーブルマナーは身につけたし
頑張ろうという気もあった

だけど
サッチさんの理想は、私の思っていたよりもっともっともっと
上の上だった
ただそれだけ
足にできたタコをそっと撫でながら
避難用の外階段に座る

情けない


「――凪ちゃん。練習時間過ぎてる――」


ケータイが鳴いて、メールを知らせてくれたけど
そのメールに返信する元気がなくて
パーティーに出席する自信もない
ミスしたらどうしよう、この会社に泥を塗ってしまったらどうしよう
視界がじわりと滲む


『今からでも断ろう』


よろよろと立ちあがって
営業課の人に会わないように、遠回りして
社長室に向かった


「どうした、泣きそうな顔しやがって」

『社長…パーティー今からお断りしたらダメですか?』


社長室には、私と社長しかいない
椅子に座る社長の前に立って、事情を説明した


『最悪、サッチさんだけ行ってもらうか、私の代役をたててもらって…』

「そんなに行きたくねぇか?」

『自信が、ないんです…。どうして私なんですかね。昨日もその前も、サッチさんイライラしっぱなしで、怒らせてばっかりで………上手くやろうとしても、どれもうまくできなくて…』


怖い、です
社長をまっすぐ見て、そう言えば
手招きをされて、隠れてろと言われて
大人しくデスクの陰に隠れた


「親父、呼んだか?」


社長室に入って来たのはサッチさんで
その口調から、不機嫌なのはわかるし
怖い


「どうだ凪は」

「頑張ってるぜ?泣き言も言わねぇし、真面目だし」

「なら、パーティーはお前ら二人で安心だな」

「ただ、今日の練習に来てねぇんだ。会社には来てるみてぇなんだけど」


練習時間になっても来ねぇし、メールの返信もねぇ
はぁーとため息を吐く音に、体がビクッと強張る
とうとう滲む視界から、涙がこぼれて
慌てて手でぬぐった


「凪から、おめぇを一人で行かせるか、代役を立てろと要望が来た」

「はぁ!?なんで、んなこと!」

「おめぇの事だ。実のところ代役も視野には入れてんだろ?」

「…用意はある。けど使う気はねぇ」


私より出来る人がいるなら、その人と行けばいい
くじけてしまった私は
もう一度頑張るきにはなれないし
失敗する可能性が高い人より
可能性の低い人を選べばいい
こぼれる涙を、どうにか落ち着かせ
社長とサッチさんの話に耳を傾ける


「凪がなぁサッチ、お前を怖いと言ったんだ」

「っ、」


息を飲む音を聞いて、二人とも黙ってしまって
この空気を生み出したのが私だと思うと
心が重い、気持ち悪い・・・


「俺が、期待しすぎちまったな……あれも出来るように、これも出来るように…押しつけ過ぎちまった」


肩に力が入ってたのは、俺の方だ
そう言って、大きく息を吐くサッチさん
社長は見つめたまま、何も言わない


「よし!親父、代役は使わねぇ。俺はあいつと一緒に行くって決めてんだ」

「初めてのパーティーで、奇麗に着飾ってやって、俺のものって自慢すんだ。ミスすりゃ俺がカバーする。つまんねぇ時間にはしねぇ!」

「ようやくお前らしい表情になったじゃねぇか。辛気臭ぇ顔はマルコだけで十分だ」

「だな」


入ってきたときとは違って、いつもの穏やかな表情で帰っていくサッチさん
ドアが完全に閉まったところで
社長が私を見下ろして


「んで、お前はどうすんだ?あとはお前しだいじゃねぇのか?」

『とりあえず、サッチさんとちゃんと話ししようと思います。そこでどうするか決めます』


スカートの埃を払って、そっと頭を撫でる社長に
私そんな子供じゃないです!
手で乱れた髪を直して、扉に手をかけて
その部屋を出る


『失礼しました』


最後に社長に頭を下げて、扉を閉める
握ったドアノブを見つめたまま
よし!と顔をあげる


「やっぱり凪ちゃんいたんだね」


気付かなかった
ドアの横の壁に背を預けて立っているサッチさん
ゆっくり近づいてくるのが
少しだけ怖くて、半歩足をひいてしまう


「話しようぜ」


いつものように、柔らかい笑顔で
大きな手を差し出されて、その手に不安げに自分の手を重ねた


「もう練習はしねぇ。あれだけできりゃ十分だ。あとは俺がフォローする」

『でも、まだできてないことあるんでしょ?』

「一人で何でもできるようになるには…な。でも二人一緒だろ?楽しめなきゃパーティーは成立しねぇし」


だから今日は練習なし!
練習場所のミーティングルームに入って
そのとたん、後ろから抱き締められて
しゃがむサッチさんの膝の上に乗せられる
私の頭に顎を乗せ、ぎゅっと抱きこむサッチさん


「明後日、何色のドレス着たい?凪ちゃん色白いから、淡い色もいいけど、黒とかもいいよなー」

『サッチさんは黒のスーツ?』

「そーそー。やだねー、男は着飾るところ少なくて」

『なら、黒以外の方がいいですよね?うーん……』


抱っこされたまま、二人で色形、素材に、レースあり、なし
リボンは可愛いとか
髪型どうするとか、いろいろ話あった結果


「よし、見に行こうドレス。その方が早いし、小物も見れる!」


脇に手を入れて、私を立たせ
自分も立って、にこにこ笑顔で私の手を引くサッチさん
もうイライラしてたり、怒ってるサッチさんはいなくて
私が好きになったサッチさんだ
そう思ったら、なんだか嬉しくなって
握られた手を、そっと握り返してみた


「(凪ちゃんが、俺の手ぎゅっ!ってしてる!!可愛い!可愛い!)」




End

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