落乱
□だってお前、ボクのこと大好きだもんね。
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「ちふゆってほんとに馬鹿。」
「兵ちゃんってほんとうるさい」
頭の先から爪先までずぶ濡れなのに嘲笑うようにボクを見上げてくる。ちふゆの目は光なんか写してなくて、ただでさえ血の巡りが悪い顔はいつもに増して真っ白で、むしろ毒々しかった。
「私、兵ちゃんより頭いいと思うけどな。庄ちゃんには負けるけど、」
「言いたいのはそういうことじゃないよ。ほんとに馬鹿だね。」
ちふゆは身体を拭かないまま歩いて行ってしまう。身体が弱くて貧弱なのに。風邪こじらせたら看病するのはボクらなんだ、ほんと迷惑。
「ちょっとくらい身体拭こうとか思わないの?教室濡れるし、ちふゆも風邪ひくよ。」
「だってタオルも無くなってるし、ジャージは多分焼却炉だし」
「……素直に貸してって言えばいいだろ。」
「えー、めんどくさ……」
ちふゆが振り向いたところにタオルを投げ付けると案の定落とした。ほんと反射神経悪いんだから。落ちたタオルを拾おうとしてちふゆが前屈みになるとぽたりとスカートの裾から滴が垂れた。
校舎は閑静で、時計の秒針と滴の垂れる音しかしない。なんだか居心地が悪くてボクは口を開いた。
「ねえ、パンツ見えてるよ。」
「だから何。」
つまらなさそうにタオルと髪の毛の間から目を覗かせた。ボクはちふゆのその目がその顔が、何か世界のすべてを見透かしたようなその顔が、昔から大嫌いでにらみ合いなら負けたことないのに、珍しくボクの方から顔を逸らした。
「つまんないの。ちょっとは恥じらいくらい持てば。」
「だって兵ちゃんだし。」
ボクだから、何だよ。
ボクは男じゃないってか。
これが団蔵や金吾だったら、また違ったんだろ。
心の中で悪態をついた。色々思ったけれど、全部黙っておく。
「何、?機嫌悪いの、」
「お前のせいだよ。」
ちふゆは、あっそう、と興味なさそうに髪を耳に掛けた。
自分でいうのは何だけど、ボクは沸点が低い。なんだかイラッときてちふゆの胸ぐらと手首につかみかかった。
ほんと、すぐ癇癪起こすの直さないといけないな、悪い癖だ。
「痛い、兵ちゃん。放して」
「お前さぁ、…」
掴んだ手首に力を込めた。ちふゆは少し顔を歪めたけれど、口角は弧を描いていた。でも決して憎たらしい笑みでは無くて、
「なんで、反抗しないわけ。なんで、やり返さないの。なんで、そうやって一人で、我慢するの。」
「兵ちゃん」
「なんで、オレたちに言ってくれないの。なんで、助けてって言わないの。なんで、なんでっ、」
「……兵ちゃんが泣きそうな顔、しないでよ。」
ちふゆはオレの腕を振り払って、その手でボクの頬を撫でた。冷たくて、血が通っているのか疑った。
ちふゆはほんとに常時貧血だなぁ。貧弱で、低血圧なくせに。生意気なんだから。
「そんな顔、してないよ。ちふゆのくせに生意気。」
「ふぅん。あっそう、じゃあ、早く帰ろうよ。」
ボクが胸ぐらを掴んでいた手は、やんわりと外されて、今度は両手で包み込まれた。ちふゆの濡れたカーディガンの袖がボクの手に触れて、たった一瞬なのに冷たくて、身震いした。
「ちふゆ、着替えとかもってないの、」
「だから焼却炉だって。どうせ電車じゃない。早く帰ろうよ。」
「……ほんと、馬鹿。ボクが心配してやってるんだから気づけよな。」
「私を、心配してたの、」
目を丸くして、まぬけな声をあげた。だから、心配したっていってんだろ。しつこいなぁ…。
「仕方無いから貸してあげる。」
茶色いブレザーをその細い肩にかけてやると、ちふゆは困ったように微笑んで、小さな声でありがとうと言った。
びしょびしょのちふゆを帰宅ラッシュになんて帰らせるつもりはないから、多少乾くまでどこかで潰そうか。それが屋外の公園でも、どっかのファストフード店でも、こいつは喜んで着いてくるんだろうな。
だって、
ちふゆ、ボクのこと大好きだもんね。
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ちふゆは、兵太夫たちとよく絡んでるから嫌がらせをうけてます。でも、ケロッとしているので我慢してんじゃねーのコイツ、と兵太夫が勘違いしてる。でも心配してくれてうれしい、みたいな。