落乱

□「その顔、壊したくなる。」
1ページ/1ページ

ああ、もう寝てしまったな。
両隣で静かに寝息をたてる庄ちゃんと伊助ちゃんの顔を見回して、短く息を着いた。
明日の朝は実習で明朝から準備があるというのに、眠れない。部屋の外はさらさらと葉が揺れる音がするだけで静かだった。今日は珍しく誰も鍛練していなくて気味が悪いくらいだ。
気でも紛らわそうと、寝巻きのまま部屋を出た。


満月が浮かんでいた。まんまるで、大きい。とても空が澄んでいる。
腰をおろして月を見つめていると、床板の軋む音がした。
勘のいい庄ちゃんだろうか、彼は物音に敏感だからまさか起こしてしまったかな、と振り替えると、そこにいたのは


「池田、せんぱい?」



忍装束のままの池田先輩だった。
私は立ち上がって、池田先輩の近くへいった。あれ、思ったより身長が高い。こんなに差があったかな。
まあ、そんなことよりこの性格の決して良いとは言い難い先輩の相手をこんな深夜にするのはちょっとキツいかもしれない……

「実習帰りですか」
「おう。一週間ぶりだな」

池田先輩は私の思考を知ってか、それとも知らずか、へらりと気の抜けた笑顔を見せた。何が目的なのだろう。

「こんな時間に、5年長屋になにか用ですか」

私は、できるだけの迷惑そうな表情を浮かべた。今はあんまり先輩の相手はしたくない。非常にめんどうだ。

何しにきた、その質問に池田先輩はにやにやと笑いながら短く
「夜這い」
と答えた。


「この長屋、男性しか居ませんけど…。恋人でもいらっしゃるんですか。伊助ちゃんはこちらですよ」

私が指を揃えて私達の部屋を差すと、その手はぱちんと、払われてしまった。……冗談が通じないんだから、

「ばーか、なんで伊助なんだよ。オレが好きなのは女だけだよ」

「それなら、くの一長屋は反対ですよ。いつかの先輩みたいですね、」

「お前に決まってんだろ、馬鹿かよ」

「2回も馬鹿っていいましたね、許しません」

段々、本気で嫌な顔になる先輩。
いくつになっても子供みたいで、なんだか笑えた。私は、その性格の悪い先輩に負けないくらい性格の悪い表情を浮かべて嘲笑すると、池田先輩は結構本気で眉を潜めた。
いやだ、こわぁい。なんてくの一みたいに口に出してみた。
なんだか笑えてきた。


「余裕こいてんじゃねぇよ、腹立つなその顔」
「だって、私たち婚約してませんよね。夜這いとか辞めていただけますか。」

私は、「はい、論破」みたいな顔を浮かべていて、きっと池田先輩からするとかなりうざったかったのだと思う。
珍しく私が強気に出たものだから、池田先輩は少し驚いたような顔をしていた。

この口論、勝った、

「……いいねぇ、その顔。壊したくなる。」


と、思ったのだけど、……、
突然、池田先輩は、にやりと笑った。
さっきの子供みたいな不機嫌な顔はどこにいってしまったのか。
時刻のせいかな、暗いからなんだかまったくの別人みたいで、背筋がぞくりとして、肌が粟立つ。
あ、なんか危険かもしれない。そう思った時にはもう遅くて私の手首は池田先輩が握っていて。
壁に押し付けられるのは本当に一瞬だった。



「わっ、」
「油断してたらすぐ食われちまうぜ、気を付けねえとなぁ?」

そこからは、ほんとうに早かった。
気付いた時には私の首筋は池田先輩に噛みつかれていた。
そんな発言とは裏腹に池田先輩はこの行為を進めていく。
ああ、負けたなぁ、悔しいなぁ。
せめてもの反抗で、ズルズルと壁を伝って座り込んでみたけれど、より一層逃げ場を無くしただけだった。

鈍い痛みが走って、そのすぐ後にはぬるりと生暖かい感触。



「や、ちょっと待っ、いけだ、せん、ぱっ……!」

「あんまデカイ声出すな、……誰か来るぞ、」


ぞわぞわ、
耳元で囁かれて、腰に気持ち悪い変な感覚と違和感がした。吐かれる吐息が熱くて、もうおかしくなりそう。



「先輩、ここっ、廊下ですっ、て!」

「……じゃあ、オレの部屋にしてもいいけど、?」

「ちょっ、と……!」

精一杯押し返すも虚しく、池田先輩はこんなことを宣う。流されるんだろうなぁと仕方なく全身の力を抜いたそのとき、


「そうはさせませんよ。」



聞きなれた声が頭上の方からした。

「あ、庄ちゃん」
「……ちっ、……」



にこやかに。庄ちゃんは一本の棒手裏剣を池田先輩の頬に掠めさせた。はらりと池田先輩の髪が何本か、舞った。


「あーあ、お前が声出すから保護者出てきちゃったじゃねえか、……」

「うちのお姫様に手出さないでもらえますか」

庄ちゃんの馬鹿にするような発言に、内心大笑いしていたけれど、そういう雰囲気じゃなかったので、私はちゃんと黙っておいた。

「へいへい、悪かったな。……大人しく帰るよ。……じゃあな」


池田先輩は長屋の屋根の方に飛び乗って去っていった。




「ちふゆも、少し妥協してたでしょう。」

「……だって、池田先輩から血の匂いがしたの。人間、死を間近にしたら子孫を残したくなるものよ。」

「……」

「なあに、庄ちゃん。」


庄ちゃんはただ、ずっとにこやかに私のことを見つめていた。
庄ちゃんの笑顔って怖いんだもの、やめてほしいなあ、


「それじゃあ、実習のあと、僕も相手してもらおうかな、」

「心外だなぁ、そこまで腰の軽い女じゃ無いからね。」

「知ってるよ。明日は早いんだ。もう寝ようか、」

「庄ちゃんって表情が変わらないから怖い。」

「それこそ心外だな」




なんて、冗談を言いながら私たちは床につきました。














(ほんとに守備が固いねぇ……)

(ああ、おかえり三郎次。黒木がいたなら仕方ないよ、あいつは守護神なんだから)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ