稲妻

□まったく、お前というやつは
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※下品 人によっては不快に思う表現があります。苦手な方はブラウザバック推薦












「お前はいつからお日さま園にいるんだ?」


今考えれば酷く軽率で、彼女を傷付けた質問だったと思う。けれどこんな質問、軽い気持ちで答えられなきゃこれからやってけないだろう。
校門を出たからもういいだろ、と思って学ランのホックと第一、第二ボタンを上から順に解いた。オレらはまだ一年だから先輩とかに目ェ着けられたら面倒臭い訳で、仕方なくホックまで閉めているけれど、正直息苦しいし鬱陶しくて堪らない。
なんて考えながら、返答の無い雅を眼球だけ動かして見下ろすと、雅はとても迷惑そうな、煙たがっているような表情でオレを凝視していた。


「な、なんだよ、」

「知ってたけど、マサキって本当最低最悪のダメ人間だね。そんなんだからぶりっこしても滲み出る性悪さが見え隠れして彼女の一人や二人出来ないのよ、ばーか。」

「……お前マジでうるせーな。いいから質問に答えろよ。」


傷付いてんのかと思ったら減らず口を叩いて返してきた。ちょっと焦って損したじゃないか。鞄を肩にかけ直して軽く伸びをすると、突然爆弾発言が耳に入った。


「私の親は、十四でセックスして妊娠したの。だからー、……えーと、今親は二十七ね。」

「は、」

「育てられるわけないじゃない。ハイ、養護施設。里親は見つからないし、養子縁組も成り立たない。ここまで言えば分かるでしょう?」

「……っ、つーと」

「生まれたときからですよ、お分かり?マサキくん。」


雅はどこから取り出したのか分からない、レンズの入っていない黒縁眼鏡を掛けて指をたてた。わざわざ進行方向に背中を向けて後ろ向きに歩いている。相変わらず器用だ。

「クソみたいな親だな。」

「ほんとクソみたいな親でしょ?避妊出来ないならセックスなんかしないで欲しいわ。ほんと無責任。産んでくれてありがとうなんてミクロレベルですら思わないわ、私の、存在意義、ね」


初めて聞いた、雅の過去。
こんなの聞いたらオレの、なんて軽く思えた。


「で、母親は別の男と結婚して今、四歳の娘がいるんですって、私なんて初めから居なかったみたいに。…昨日、知った。」

「な、なんだよ、それ……!」

「笑えてきちゃうわー、」


瞳子姉さんが、言ってたの聞いちゃった。
はは、なんて乾いた笑い声をあげて雅は笑って見せたけど、全然楽しそうじゃない。当たり前か。
珍しく肩を落としてしまっているから、慰めなんて軽いことはできないけど肩に手をおいてやった。



「…………しにたい。」




呟いたのを、聞き逃さなかった。




「みや、び、」

「死にたい、死にたいよ、マサキ。」

「……、」

肩に置いた手は勝手に、元の位置に戻っていった。
こんな、弱気な雅、見たことない。
俯いて、肩を小さく揺らしているあたり、泣いている、のか?
覗きこむわけじゃないけど、雅の顔を盗み見ると、つうと頬を伝って何かが落ちていった。ああ、間違いなく泣いている。


「…ね、マサキ………私、生まれてきて良かった?」

「やめろ、雅」

「なんで生きてるの、私なんか」

「雅、!」

「死に、たいよ。」

「黙れよっ、!!」



つい、

手が出てしまった。
こんな、駅前の人が多い所で。
あああ、なんかたくさんの人に見られてるなぁ、やっちまったなぁ、とか思ったけど、仕方ない。そう、仕方、ないんだ。


「っ、……ごめ、ん」

「ごめん、マサキ。ごめん、ごめんね。」

なんで、お前が謝るんだよ。お前は何も悪くないだろ。何も、悪く無いんだよ。

「泣くなよ、!そんなに痛かったかよ!」
「っ、い、痛いよ!もう嫌だよ!死んじゃいたいくらい!」

勢いよく頭をあげた雅の顔は、涙でぐちゃぐちゃで、目も鼻の頭も真っ赤で。
…こいつ、…こんなに弱々しかったっけ、

「だったら、!なんでそんなに強がるんだよ!助けてほしいって言えば良いだろ!!」

「助けてなんて、言えないよ!ただでさえ迷惑かけてんだよ!!私たち!生きてる価値なんて無いじゃん!これ以上迷惑なんて掛けれないよ!分かってるでしょマサキだって!」

「大人に言おうとするからいけないんだよ!確かにオレらが生きてくのはたくさん迷惑かかってるかも知れないけど!お前の話聞くくらいだったら、!オレを頼れよ!お前が死にたいって思わないくらいにはいくらでも聞いてやれるよ!!気づけよ馬鹿!いつから一緒にいると思ってんだよ!なぁ!!」


「……っ!」

「なぁ、……もう帰ろう、雅。今日は夕飯肉じゃがだぞ。お前大好きだろ。」

肩を持って諭すように言うと、雅は小さく頷いた。

「今日の宿題、英語のプリントだったろ、オレわかんねーから写させてくれよ。」

「……、っ、ん、」

「オレ、お前居ないと、宿題終わんねーし、……晴矢さんとかに聞いてもわかんねーじゃん。あの人バカだから。」

「……マサキは、私が居ないと、ダメだね……」
「当たり前だろ、高校行ける気がしねーもん。」

お前居ねーと、生きていける気がしないね、

「……マサキ、」

「なんだよ。」

「ごめん、ね、……ありがと、」

表情こそ、見せないけれど、雅が笑ったような気がした。
何年ぶりか、分かんないけど今日は手繋いで帰った。それから、晴矢さんに聞いても英語のプリントは分かんなかった。














俺が居ないと、駄目なんだ

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