One night

□From night till dawn
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若者は床に腰を下ろし椅子を背にして、ぼんやり天井を見つめていた。
椅子に伏せたままの男は何かを探すように、若者の脱ぎ捨てた上着を引き寄せていた。ポケットに無造作に放り込まれた一万円札が顔を出していた。

「……そんな顔して、手癖まで悪いのかよ」

男は見つけた煙草に火を着けた。
慣れ親しんだ煙の香りが、若者の意識を覚醒させる。

「アンタ、中身と外見の差が詐欺レベルだぞ。ここ、禁煙じゃなかったのか?」

男は何も聞こえなかったように無反応、無表情のまま、用が無くなった上着を若者に投げ返した。

「金は、いらないか……人間、金以外に欲しいものあるんですかねぇ」
「関係する組織の名前と金額」
「ねぇ、せっかくそんな格好してるんだから、色っぽく聞いてくれない」

男が起き上がり、全身裸のまま、若者を直視する。吸いかけの煙草を唇の端に咥え直し、少し猫背の姿勢で椅子に掛け直す。
堂々とした態度に、若者の方が視線をそらす。

「お前、正面からやるしか能がないのか。上に乗って、騎乗位のレッスンやってもいいんだぞ……若僧」
「……アンタ、最悪だ」

若者が、頭を抱えた。
その姿を楽しむように、男が美味そうに煙草を吸っている。若者の恨めしそうな視線に気がついたのか、意味ありげな流し目を返す。

「……オッサン、アンタ、どこのアンダーカバーだよ」
「目星くらいついてるんじゃないのか」
「オレが、盗聴器とカメラつけるたびに律儀に外してくれたの、誰だよ……分かるわけねぇだろ」
「この建物の壁、核戦争に耐えられる仕様だから、苦労してたな……無駄な努力になるのに、盗聴器仕掛けてる姿は面白かったぞ」
「高かったんだから、返してもらうからな」
「お前の思い出の品に預かっておくよ」
「証拠品差し押さえって、言えよ。まわりくどい、年寄りだって、嫌われるぞ」

男が煙草の灰を携帯灰皿に落とした。

「一緒に入ってたぞ。真面目なヤクザだな」
「向いてないって言いたいのか」
「いや……日本のヤクザは、世界では、勤勉で、仕事が速く、金銭取引でも信頼されている、エリート集団だ……さっき、商社と言っていたが、非合法組織の物資の調達をやってくれる優良企業というのが、世界の認識だ」
「……オッサンは羽振りのいい組織をさがしてるのか」

若者が、男の煙草を奪い取る。
短くなった煙草を吸う姿は十代の少年のようで、隠しきれない不慣れさが滲み出していた。

「どうして、オレに教えてくれるんだ?」
「教会で、聖職者を犯すような奴は、間違いなく人間としてクレージーだ……組織でも、異端児なんだろ。義理立てする義理も持ち合わせてないんじゃないのか」
「……神父さん、お互い消される前に、もう一発やっとかねぇ」

若者が煙草を消し、男が新しい煙草に火を着ける。

「……お前、アノ金本当に知り合いのヤクザに貰ったのか?」
「神父さん、アンタの話を信じるとしたら、海外の取引なんてドルが主流だろ。ローンダリングまでドルでやって、綺麗な金を普通に円に両替したほうが簡単だからね。そんな、ドル管理している資金ーー偽物の作りやすい海外の金かすめ取るのに、命懸けるバカがいると、思う?」
「……お前、本当に賢いなぁ」

男の揶揄に、若者が眉をひそめた。軽く舌打ちしてから、自分のシャツとズボンを手元に引き寄せた。

「帰るのか?」

拗ねる若者にも、男は余裕の態度を崩さない。

「次会ったら、オレの上で腰振ってくれるって、約束してもらったし……檻に入ってたら、フェラでもしてもらおうかなぁ」
「……その時は、俺とお前は赤の他人だ」

ズボンを履き、シャツをひっかけた若者が立ち上がる。

「トイレ借りてもいい?」
「うちのトイレはマス禁止だ……ちなみに、窓には鉄格子はまってるぞ」
「ただの小便だよ」

後ろ姿を見送り、男もシャツを羽織る。
トイレの戸が開閉される男を聞きながら、眼鏡を着け直す。
そして、ついでのように、椅子の下から小型の無線機を引っ張り出した。

「……変わりないか」

動きがないという、確認事項のような返答が返ってくる。

「ズボンの後ろポケットに、1g入れた。即引っ張れ」

了解の返答で通信が終わる。
無線機を元の場所に隠し、根元まで灰になった煙草を灰皿に落とした。

男は深いため息を吐いて、深く頭を垂れた。
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