One night

□From night till dawn
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深夜を過ぎると、マンションの周りの人影は消えていた。冴えた月だけが、空の支配者になる。冷たい空気が夜の帳を包んでいた。

いつものようにエントランスを抜ける。エレベーターを待つ間に、足音もなく隣に人影が立つ。
帽子を目深にかぶった若い男だった。

「働きすぎじゃないの」
「……久しぶりだな」

エレベーターが到着し、二人が乗り込んだ。

「何処まで付いてくるつもりだ」
「冷たいなぁ、七槻怜さん。借りを返してもらいに来ただけだよ……アンタもオレが恋しかったでしょ」
「……そうだな」

部屋に招き入れた男は、珍しそう彼方此方と動き回るてと、いちいち驚いたように声を上げていた
七槻は、ブランドに縁のない男でも知っている高級そうなコートとスーツの上着をソファーに落とし、ネクタイを弛めた。

「アンタの方が、よっぽど金持ちだったんだな」

七槻は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、自分の分をコップに取り分け、残りを男に渡した。

「……そうそう、忘れ物届けに来たんだった」

男が、七槻のコップに白い粉が入った小さな袋を落としこんだ。
七槻は不愉快そうにくコップを振ってから、シンクにそれを置いた。

「まだ、持ってたのか」
「大事なプレゼントなんだろ……でも、アンタ捜すの苦労したよ。名前と住所調べるのに手間かかるなんて、どんな生活してんだよ」
「調べてないのか?」
「オレ、怖いの苦手……まぁ、アソコの下部組織が日本あるなんて初めて聞いたし、都市伝説なんだろ。電気ショックと水責めの後、収容所放り込まれるまで、込みでな」
「どうかな……試してみればいいだろ」
「おっかないな、ホント。小便チビりそう」

男は水を飲み干して、ワイルドに口元を拭った。
話すほどには、怯えた様子はない。

「ビールくらいないのか、アンタんち」

男がソファーの背もたれに腰掛ける。
キャップを取って、手持ち無沙汰なのか指先で回し始めた。

「……どうやって逃げたんだ?」
「ヒントくれたろ、アソコは核シェルターも兼ねてるって。出入り口が一つしかない密閉空間なんて、ビビって誰も入んないだろ」

七槻は冷蔵庫からビールを取り出し、男には同じミネラルウォーターを投げて寄越した。

「何処まで、ガキ扱いなんだよ……今すぐ証明してもいいんだぜ。家にあげたことを後悔するんだな」

男は瓶を投げ返し、意味ありげな舌なめずりをする。
七槻が無表情のまま、ビールを一口飲んだ。

「せっかく、危険を承知で会いに来たのに、冷たくねぇ」
「……あの一万円札の束の間に、一枚、千ドル紙幣が混じっていた……有りえない痕跡付きでな。化学兵器とヤクザの幹部の指紋。胡散臭さすぎて、証明能力ゼロだ」
「こっちだって、誰かさんのお陰で、失点つけられて、地方に飛ばされてたんだよ……お互い、自業自得だけど、ご愁傷様」
「ただ、証拠品と関係のある人間は特定されてる」
「オッサン、目が物騒だぞ」

七槻が男に近づき、飲みかけのビールを手渡した。

「……どうして、戻ったんだ」
「アンタとヤりたかったから。独りでヤるの、つまんねぇだろ」
「俺も、もう一度、会いたかったよ」
「アンタ、嘘しか言わねぇな」

男が渡された瓶の飲み口を舐める。ホップの苦味が舌を刺した。

「ちょっと言葉を省いたら、嘘つきよばわりか、ガキ」
「なら、ちゃんと分かるように言えよ……オレが欲しくて堪らない、って」
「そういうのは、我慢できなかった方の台詞だろ。そっちが、どうか哀れな子羊をなぐさめて下さいって、お願いしろ」
「次に会ったらって、言ってたのは誰だよ」
「次にやる機会があったらだ」

七槻との我慢比べは、男が圧倒的に不利だった。

「分かった。言えば言いんだろ……アンタとヤりたくて頭がおかしくなりそうだよ」
「そんなにヤりたかったら、自分の素性くらい教えるのが礼儀だろ」
「最初から言ってるけど。アンタと違って」
「瀧本浩介……小学校時代にイジメにあい、以来引きこもり生活を続ける。宗教に救いを求めた両親と共に、現在、所在地不明」
「可哀想で何でもしてあげたくなるでしょ。オレの涙なみだの暗黒時代」

七槻が男をドンと突き飛ばした。バランス崩した男が、ソファーのシートに倒れ込んだ。

「痛っ……」

男が胸をさすりながら、ビールがこぼれていないこと確認していると、七槻がソファーの背もたれに腰掛けてきた。
七槻は瓶を取り上げると、男の胸を足の裏で踏みつけた。そして、そのまま、ゆっくりと力を込めた。

「上手い嘘つきは、嘘の中に一つだけ真実をいれるものだぞ」
「アンタに言われると説得力あるね」

男の肋骨が悲鳴をあげる。

「……七槻さん、オレをイジメた奴の名前、教えてあげようか。8人。取り巻き4人。裏切って、奴らについた奴、3人。うち一人は、オレを見捨てた担任。面倒から逃げた奴、11人……」
「もう、いい……充分だ」

七槻が男の上から足をおろした。
男が差し出した手を掴み、アクロバティックな体勢を変えるのを助けてやる。

「アンタ、人を踏みつけるの、慣れてねぇ」

男は胸をさすりながら、七槻を恨めしそうに見上げた。

「しかも、今ので前の約束果たしたなんて、言うんじゃないだろうな」

七槻は無表情のまま、ビールを喉に流し込んだ。

「なんか、スンゲェ調教された気もするけど……あれは別物だからな」
「……煩い、黙れ」
「なんか、機嫌悪いね。嘘ばっか吐いてるから、ストレス溜まるんだぜ」

七槻から、疲労からか気苦労からか、やさぐれオーラが滲み出していた。

「七槻さん、いくら考えても、無駄だよ……アンタが望むような華麗な経歴なんて、オレ持ってないから」
「……煙草……」
「煙草? 切らしたの?」

男がポケットを探り、潰れた箱とライターを七槻に差し出した。

「このうち、灰皿もねぇじゃん。貧乏人にたかるなよなぁ」

男が愚痴りながらも、携帯灰皿を渡す。

「相変わらず、真面目だな」

七槻が、煙草に火を着け、肺いっぱいに煙を吸い込んだ。

「美味そうに吸うなぁ……今気がついたけど、オレの口の中、そんな味」

煙を吐き出した七槻が、楽しそうに笑う。
今の回答は正解らしい。

「アンタのお願い、分かり難いんだよ、オッサン」

男が七槻のシャツの袖口を引いた。促されるように、七槻がシートの上、男の傍らにに滑り落ちる。
男が七槻に顔を寄せた。
刹那、七槻の右手が動いた。間一髪で身を離し、床に倒れ込んだ男の眼前で煙草の淡い光が揺れた。

「危ねえな、何、するんだよ」
「……臭い」
「はぁ?」
「お前、ドブの匂いがする」
「はぁ……体臭だよ。骨まで染みついた、オレと……アンタの」

七槻が煙草を消しながら、自嘲した。

「確かに……来いよ」

男が七槻の前に跪いた。

「脱げよ」
「何処まで女王様なんだよ」

男は文句を言いながらも、衣服を脱いでいく。少し痩せたのか、全体の印象がシャープになっていた。

「なぁ……刀傷も銃創もねえだろ」

身体の向きを変え、いろんなポーズをとってはみたが、あまりの無反応に男が音を上げる。

「アンタ、オレに何をやらしたいんだよ。ヤりたいなら、ヤりたい。ハッキリしろよ」
「気分じゃねぇ」
「はぁ? この期に及んで、何言ってんだ、オッサン。いいかげんにしろよ」
「気分じゃねぇ」
「オッサン!!」

七槻は眼鏡を外すと、空のビール瓶と一緒に傍らのローテーブルにのせた。

「……騎乗位やる、気分じゃねぇ。このまま、犯れ」
「オッサン……アンタ、最悪」

七槻が腰を少し浮かせると、男は器用に身体を滑り込ませた。向かい合わせで、男の腿の上に七槻が座るような格好になる。
前のはだけたシャツ一枚を羽織った七槻の下半身は、男の愛撫にしどけなく濡れていた。
男が、涙で潤んだ七槻の目許に口づけた。
七槻の吐息が、男の頬をくすぐった。
男は七槻に大きく股を開かせると、己のたぎった熱量を流し込んだ。
七槻が艶のある嬌声をあげる。
深く自分を貫く男に助けを求めるように、七槻は男にギュッとしがみついてきた。

「七槻さん、大丈夫か?」
「……本気だせ」
「アンタ、こんな時でも減らず口は直らないんだな……どうなっても、知らねぇぞ」

男は、七槻の背後に回した両手で、臀部を鷲掴みにした。ソファーのスプリングの力を借りて、七槻を揺さぶった。七槻の中が、男の勃起した物をしぼりあげる。
処女の狭さと娼婦の締めつけ。男は、掴んだ尻の肉に爪を立てた。
のけぞった首筋から汗が一筋、流れ落ちる。男は、それを舐めとった。鎖骨につけた噛み痕が、紅く肌に浮かび上がる。
限界を迎えた七槻の分身が、互いのお腹に白い液を吐き出した。
追い上げられ、男の背中に爪が立てられる。
放心状態の七槻が、男にキスをねだる。
男は、七槻の中に全てをぶちまけた。



シャワーで汗を流した七槻は、冷蔵庫の扉を開けた。冷たいビールを取り出し、喉を潤す。

「お仲間に御報告の時間ですか」

眠っていたはずの男が、暗闇の中、七槻を見つめていた。

「ひどい顔色だな」
「アンタが、中々放してくれないから、精魂尽き果てたんだよ……でも、アンタが追いすがってくれるのは、気分がいいな」

七槻はビールを一口含むと、男に瓶を手渡した。
七槻は疲れたように、ソファーの背面側に座り込んだ。

「追いかけられるのは嫌だけと、アンタならいいよ」
「……そんな価値あるか。用があるなら、お前が来い」
「来たらアンタと寝れるのか……手錠とSIGのザウアー用意しとくよ」
「銃刀法違反……」
「……知ってるよ」

男はビールを一気に飲み干すと、ソファーに倒れ込んだ。スプリングが派手な音を立てる。

「……煩い。暫く寝ろ」
「起こしてくれるんですか」
「明るくなる前に叩き出す」

七槻は、立てた膝に額を押し付けた。

「神父さん、いつも日曜日にやってた、あれやってくれない」
「……あれは、礼拝だ」
「……知ってたよ、牧師さん」

七槻は天を仰ぐと、静かに瞳を閉じた。

「……to have and to hold from this day forward, for better or for worse, for richer, for poorer, in sickness and in health, to love and to cherish……」

「アンタ、やっぱり最悪だな……」

「……and I promise to be faithful to you ……until death parts ……us……」

男は閉じゆく目蓋の中で、ビールの底で溶け残った白い粉を見つめていた。
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