One night
□奇跡の世界
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騒がしい。
周りで人が何かを話している声がする。あーあ、ウルサい。
「……シギ」
災いだ、災いだ、災いだ、 地上に住む者たちにとっては。
「……!」
記憶にないが、いつの間にか布団の上に運ばれていたらしい。サラリとしたシーツの感触と、奴の素肌の質感に、一気に目が覚めた。
そして、一気に血の気が引いた。
「……あっ」
「シギ、落ち着いて」
「で、でも……」
「落ち着いて」
「この状況で、落ち着いていられるか!」
顔と名前が一致する人が数名、顔は知ってる人はその倍ほど。清く正しい信者様方が一斉に俺たちを凝視している。
最悪だ。どうしてオレは昨日、意識飛ばして寝落ちしちまったんだ。全て、奴のせいだが。
「まぁ、そういう訳なんだぁ」
どういう訳だ。呑気に、場の空気を読まない主に、全員が心の中で突っ込んだに違いない。
「すまないが、何か着るもの頼む」
よく考えたら、結構な数の第×夫人を抱え、ハーレム作っているような男なんだ。こんなこと日常茶飯事に違いない。
恐る恐る顔を上げると、顔を真っ赤にした夫人たちと、不味い物を目撃して居心地悪そうな幹部の方々が、オレたちをジッと見下ろしていた。
「……」
ダメだ。オレ、絶対、集団リンチで抹殺される。
ちょっとした絶望を味わっているオレの前に、奴が昨夜脱ぎ捨てた衣服を差し出した。
「シギ……」
服を胸元にギュッと抱え、うつむくオレの頭を、奴が軽くポンポンと叩く。
「……という訳だし、後のことはお願いするよ」
呆気にとられる周りを後目に、奴は淡々とオレに服を着せ、髪を手グシで整えてくれた。
「……腰とか大丈夫?」
頼むから、今それを訊かないでくれ。
夫人たちの視線が憎悪に、信者の眼差しは軽蔑に変わってるぞ。
「もう、少し休んでいるといいよ」
奴の肩に寄りかかりながら、瞳を閉じた。もう、好きにしてくれだ。諦めた。オレの手には負えない。
奴の声が聞こえるが、何処か遠くに響く木霊のようだった。
「……シギ、行くよ」
何処へ連れて行かれるんだと思ったら、この場所へ入って来た時と同じようにスンナリと建物外へ出た。
いつの間にか午後の太陽が、山特有の一瞬で切り替わる夕暮れの空気をまとい始めていた。
「……もう、いいよ」
オレたちについてきた数名の信者が建物の中に戻っていった。
「……運転出来る?」
オレの車が建物の前に駐車されていた。そんなにないオレの手荷物も積まれている。
鞄の中身を確認していると、奴が助手席にちゃっかり腰を下ろしていた。
「……て、お前も来るのか」
「そうだけど」
「いいのかよ。お前、此処のリーダーだろ」
「いいんだよ」
ちょっと買い物に出てきます……人生の一大事のはずなのに、それくらいの気安さしか感じない。
「……簡単に捨てるなよ。奥さんとか、子供とか……仲間とか」
あの時も、此奴は簡単に切り捨てたんだ……オレを。
「元々、教主って柄でもないしね」
奴が、夕暮れに染まり始めた我が家を仰いだ。
「知ってる。神子っていうのは、sexすると神通力がなくなるんだよ」
「……?」
「オレ、これでもさ精進して清く生きてきたんだよ……まぁ、奥さんたちには、いつの間にか子供が出来るという、奇跡体験もさせてもらったけどね」
奴が清々しく笑った。
「だから、昨日の夜で、オレのなけなしの神通力はなくなったんだよ」
「……嘘だろ」
「だから、責任とれよ、シギ」
「いや、オレ、お前と違って一人の嫁も貰ってないんだぞ」
「……お前の年齢でさ、男にヤられたら、後戻り出来ないと思うけど」
「お前が言うな。しかも、お前も同い年だろ……あぁ、もう最悪だ」
世界は神様の言うことには逆らえないんだった。神様は残酷だ。地上にすむ普通の人間には理解できない。
達観して、ただ災いがやってこないことを祈るだけ。
オレは、運転席に乗り込んだ。
「……戻っていいんだな」
「いいよ」
あとは、神様が気まぐれを起こさないことを願うだけ。