One night

□From night till dawn
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男は深く頭を垂れた。

詰め襟のような、ローマンカラーの白いシャツ。漆黒のズボンの膝の上で、キツく指を組んでいた。縁なしの眼鏡の奥で、男性にしては長い睫毛を静かに伏せていた。

最低限の灯りが、床を照らす。
室内の一番高い位置にある、聖なる御子が、暗闇で唯一の希望の光のように浮かび上がっていた。

「アンタの仕事場は、いつ来ても、サービス精神にかけるよなぁ……」

若い男だった。
つまらなそうに、脱色を繰り返し、傷みきった短い髪をコリコリとかく。両耳に付けた複数のピアスが、ステンドグラスのように光を反射していた。

「一年中、クリスマスみたいに派手な飾り付けしたら、アンタらの金ヅルの信者も、こう、ドバーっと増えるんじゃねぇの」

年長の男が、今、気がついぬたかのように、ゆっくり顔を上げた。
教会の椅子の背もたれに、軽く腰掛けるようにして、若者が男を見つめていた。

「ここには、必要ない。真逆の精神だ」

一度もクリーニングしたことのないような安っぽいスーツが、若者の生き方そのもののようだった。

「信仰心のない、お前には、教会と廃屋は同じに見えるだろうがな……」
「廃屋の方が百倍、楽しいよ。たまに、女連れ込んでエロいことやってる奴もいるしね」

その光景を思い出したのか 、若者が下卑た笑いを浮かべた。
男は、手入れもしていないのに綺麗に整った眉をひそめると、再び、祈りのポーズをとった。

「自分も、たいして信じちゃいないくせに、よく神様とお話しできるな」
「……それが、仕事だ。哀れな彷徨える子羊がいれば、十人殺した奴でも、百人犯した奴でも、祈りを捧げてやるよ」

男が射竦めるように、若者を挑発する。
若者は、「怖ぇ、怖ぇ」と呟きながら、男の真後ろの席に移動してきた。

「なぁ、神父さん。アンタって、ドM……いや、反対か。まぁ、どっちにしろ、人間の悪いとこばっかり見過ぎて、世の中犯罪者しかいないって思っているんだろ……職業病だな。早く、病院行きなよ。長生きできないぜ」
「……その万能な医者に行ったら、お前も善良な一般市民に見えるようになるのか」
「随分な藪医者だな……黒は何混ぜても、真っ白にはならないって、森の神様信じてる子供だって知ってるよ」

若者がスーツの内ポケットに入っていた万札を引き出した。20枚以上ありそうな束を、男に見せつける。

「……この辺りでさ、ここ一週間、急に金回り良くなったか、ビビって小便チビりそうになってる奴、知らない?」
「……今度は、下っ端の探偵にでもなったのか。それとも、警察ごっこを一緒に、やってくれる、奇特なお友達でもできたのか」
「まぁ、オレが警察だったら……アンタに手錠かけて、口にS&WのM突っ込みながら、腰が立たなくなるまで、抱いてやるよ」
「……ヤクザが」

男が吐き捨てるように呟いた。
若者が新札を半分に折り曲げた束を、男に差し出した。

「知り合いの怖いお兄さんに頼まれて、ほんと困ってるんですよ、神父様……組織の大切な物をネコババした奴がいるってね。ほんと悪い子羊だね」
「……クスリか、銃か……」

どちらとも一生縁がない、暗い教会の床を眺めて過ごすことが天職のような上品な顔立をして、男はサラリとこんな話をする。世界の終末を告げる天使も、こんな顔して惨い結末押しつけてくるのだろう。

「さぁね、近頃は、アノ業界も商社と同じで、金になることなら見境なく手を出すから……知らねぇよ」
「……お前、本当に賢いな」

男には、この若者が、繁華街の何処にでもいる、その日1日楽しく過ごせればいいという、刹那的な生活を送っている連中を知識として理解して、職業にしているようしかに見えない時がある。

「報酬の分だけは、沈黙を守るか」
「そんなに文句言うなら、寄付してもいいんだぜ。貧乏人から搾り取った、恨みのこもった、ありがたい金だからな。アンタんとこの神様も、さぞ涙流して喜ぶんじゃねぇの」

男が眼前に差し出された若者の手を払いのけた。

「アンタらだって、信仰って外見取り繕っただけで、同じことやってっだろ」
「……そんな無駄話、しにきたわけじゃないだろ。当たりをつけてきたなら、サッサと話せ」
「……神父さん、オレの話、聞いてなかったの。アンタの話を聞きたいって、言ってんだよ」

男は面倒くさそうに、ため息をついた。

「何を盗んだにしろ、一週間で捌けるルートがある奴が、此処で噂がたつほどに、そんな派手な金の使い方する訳がない……捜し物は、ローンダリング前の現金か?」
「ほんと、神父なんて何でなったんだ?……うちの組織にって、言いたいけど、アンタの組織のが力あるからなぁ」

若者が、用が済んだとばかりに札束をしまい込む。

「元の所有者には、世に出せない金でも、転がり込んだ方は、天からの恵み程度の日銭……だろ」
「だから、使い切る前に回収したいのか」

男が中指で少しズレた眼鏡を押し上げた。

「……いくらだ」

そのまま、上目遣いで、若者の耳元に顔を寄せた。

「アンタ、オレに何の踏み絵させてんだよ……知ってても、言えるわけないだろ」
「……いくらだ」

耳朶に唇が触れそうな距離での言葉と吐息が、若者の心をザワつかせる。

「……そんなに、答えが知りたかったら、対価に見合った報酬払いな」

若者は男を振り切るように、勢い良く立ち上がった。

「どんな汚いヤクザでも、礼儀にこれくらい寄越すぞ」

男が恫喝するように身を屈めても、動じる様子はない。眼鏡越しに、真っ直ぐ視線が絡み合う。

「いくらだ……」

若者が男の顎に手をかけ、上を向かせた。暗闇でも、その白さと肌理の細かさが分かるような首のラインに、何かが壊れる感覚がした。

「……アンタが、オレの部屋にきて、ベッドでしゃぶってくれたら、教えてやるよ」

親指で、男の唇を撫でる。見た目より柔らかな感触に、指が止まる。
その指に男の舌先が触れる。

「今、ここでやれ、と言えない奴がチャンと勃起するのか」

若者の指を男が口に含んだ。

「アンタ……悪い男だな」

若者は指を引き抜くと、噛みつくように、口づけながら、男のシャツを剥いでいった。男は抵抗しなかった。
色は白いが、引き締まった腹筋が現れる。

「アンタ、まさか鍛えてるのか?」
「暇なら……」
「神父が、暇を持て余すなんて、平和な証拠だな」
「お前たちも、似たようなものだろ」
「暇なヤクザなんて、無能と同じだろ……そんな奴は、遠くに出張するしか道はないけどな」
「三食付いてる、檻の中のことか」

若者が突然、笑い始めた。

「……もしかして、アンタ、緊張してるの? 関係ないこと、喋り過ぎ」
「黙って、震えるようなのが好みか」
「どっちでもいいよ……最後には、声が涸れるまで、鳴かせるから」

自信、虚勢。今度は、男が笑い声をあげた。
不快な嘲笑を止めさせるように、若者は、男に深く口づけた。
どちらとも分からない唾液が、男の口内を満たす。
唇からこぼれ落ちた雫が、そこを辿るように誘惑のラインを作る。白い首筋の雫を舐めとるように、唇で軽く噛みつきながら、舌で肌の熱量を感じとる。
そのまま、胸の小さな突起をチュッと湿った音を立て、吸い上げた。
上目遣いで男の様子をうかがうと、くすぐったそうに目を細めていた。
若者は、男のズボンの前を緩めると、手を忍び込ませた。
男の涼しげな表情とは反対に熱を帯び、勃起していた。若者は、それを手の平で包み込むように握りしめた。
手を上下に動かしながら、乳首の周りを舐めていく。外気に当たったせいか、快楽のせいか、小さな塊は熟した果実の色に染められ、若者を誘うように立ち上がっていた。
征服者の証のように、若者が甘噛みした。
手の中の物が、先走りの液を出し始める。
若者は、一旦、体を離すと自分の衣服を脱ぎ捨てた。
その間に、男が眼鏡を外して、脱ぎ捨てられたばかりのシャツの上に落とした。
男の吐息が整わないうちに、再び唇を合わされた。
若者は男に膝を曲げさせて、取り出したオイルで若者を迎え入れる準備を整えた。指が自由に出し入れできることを確認して、男を横たえる。
それから、覆い被さるようにして、身を進めた。
男から短く艶のある声があがる。
興奮で熱量が上がった若者の動きが早さをます。
男が何かを探し求めるかのように、若者の背中に腕を伸ばした。
答えるように、若者が男に深く口づけた。
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