One night

□From dawn till day
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明け方の淡い光が、室内を照らす。動き始めたの街の鼓動が、遠くから聞こえてくる。

「……!!」
「意外と、寝起きはいいんだな」

跳ね上がるように飛び起きた男のベッドの横で、その人物はつまらなそうに何かをポケットに仕舞った。
スタンガン……いや、寝起きの頭が見せた幻だと、頭を左右に振る。

「アンタに起こされると、生きた心地しないんだけど」

半月前に、同じように明け方に起こされた時は、文字通り叩き出された。
浮気を見つかった間男みたいに下着姿で、マンションの廊下に立つ姿は、情けなくては泣けてきた。

「早起きだな、年寄りは」

Tシャツ、下着姿の男は、ベッドの上に胡座をかいた。乱れた髪を手グシで整える。
枕元の時計が、まだ明け方であることを示している。二時間しか寝てない。

「何の用だ、七槻さん」

七槻は、ベッドのサイドテーブルから、煙草を拾い上げる。慣れた仕草で、明かりを点す。
朝からの誘惑かと、思ったが、キチンと背広を着込んだ七槻の顔色は、青白かった。寝不足なのは、七槻も同じらしい。

「あんな、薬の飲み方やってるから、眠れなくなるんだぜ」

七槻のうちのビールには、睡眠導入剤が澱みを作っていた。

「オレがもっと効くクスリ、紹介してやろうか」

七槻が、煙草を唇の端に咥え直した。

「どんなクスリだ」
「冗談だって、怖ぇな。オレ、最近、真面目にやってるんですよ」
「女に会うのが、仕事か」
「女に会うのは、モテる男の宿命ですよ。七槻さんが会ってくれないから、寂しいんですよ、オレ」

七槻が退屈そうに、灰を落とす。

「はいはい、みんな知ってますよね……つーか、オレについて来るオッサン達、どうにかしてくれない。トイレくらい、ゆっくりさせてよ。個室の前で待機されたら、小便止まりそうになるんだけど」

色っぽい理由じゃないことは理解してても、咥え煙草の口元からチラチラ見える舌先は凶悪だ。
男の理性を低下させる。

「……別に、アンタが尾行してくれるなら、いいけど」
「職務外だ。お前がテロリストなら、別だが……」
「おっかないね、オッサンの世界は……あぁ、言わないで。言わないで。近況報告なんて、いらないから。オレ、ケチなチンピラなんで、アンタの怖い世界とは関係なく生きることにしたから」
「女子高生、ソープに沈めるのは、恐怖の世界じゃないのか?」
「オレのささやかな小遣い稼ぎ、あくどい方法で妨害しないでくれませんかねぇ」
「俺の仕事に協力するなら、今の倍だしてやるがな」

サタンよ、退け。
悪魔の誘惑って、こういうことなのか。男が身震いした。

「そんな、手には乗らないからな」
「……お前が置いていった白い粉、俺が渡した物とは別物だな」
「あれ、違った……気がつかなかったなぁ……調べたの暇だなぁ」
「麻取の連中が、是非お話ししたいと言ってたぞ」
「チクったのかよ。コントロール・デリバリーかよ……アンタが扱う品なら、混ぜ物少ないって、飛びついたオレが間抜けなんだけど……組に置いてあるんで、そのまま帰すから、麻取にはアンタから、適当に説明しといてよ。悪気は、なかったって」
「もう一つは、何処で手に入れた?」
「怖いオッサン達に、告げ口する奴に言うわけないだろ」
「脱げ」

隠し場所がないTシャツと下着を、七槻が丁寧に調べ上げる。

「ジャンキーじゃないから、なんも出ねぇよ……あっ、でもワンコは止めてね。犬、苦手だから」

室内とはいえ朝の空気は冷たい。

「オレ何時まで、こうしてたらいいんですか」
「……立ち上がって、後ろをむいて、窓に手を着けろ」
「……ちょっと、それだけは止めろよ。アンタと違って、ケツの穴も尿道、ピカピカの処女なんだぞ。後、歯も自前だし、胃洗浄も止めてくれ」
「……何処で、手に入れた?」
「知り合いの、お兄さんに貰いました」

裏拳で七槻が男の顔を殴りつけた。
革手袋の冷気が、ヒリヒリする痛みをもたらす。

「何すんだ、DVオヤジ。痛ぇだろ」
「チャイナホワイトの百倍の効き目だ。ヤクザが扱う中毒にするクスリじゃない、あれは人を殺すクスリだ」
「へぇ、そうなんだぁ。怖い世の中だねぇ」
「誰から、貰ったんだ。知り合いの怖いお兄さんか」
「ヤクザが、中毒になってくれないクスリなんて、扱うわけねぇだろ」
「じゃあ、誰だ」
「なんか、お腹が痛くなってきた。病院、行かせてもらっていいかな」

容赦ない、平手が飛ぶ。

「膝立ちして、手は頭の後ろで組め」
「こう言うの映画で見たこ……」

反対の頬が殴られる。

「聞かれたことだけ、答えろ」

口の中が切れたのか、顔を歪める。

「……どうして、アレを俺に渡したんだ」
「……ああいう、意味の分かんねーもの、アンタ好きだろ。今日だって、イソイソ会いに来てくれた」

頬が打たれる。

「……俺は、お前みたいな人間、大嫌いなんだよ。組織に対する愛着も、人生に対する執着もないくせに、自分が享受できる全てを欲しがる」
「アンタの人生は、薔薇色なんだろうな。アルコールと眠剤のバッドトリップじゃねぇのか」
「大好きな電気ショックと水責め、どちらが先がいい」

七槻がポケットに手を入れる。

「ちょっとした出来心だろ。道に落ちてたから、面白いかなって」
「……それで」
「えーと、許してもらえないかなぁ」

スタンガンを握った拳を鳩尾に入れる。男が、たまらず腹を押さえた。

「誰が手をおろして、いいと言った」

スタンガンが不快な火花をあげる。

「……オヤジさんに、ついていったクラブで貰いました。裏口に車停めて待ってたら、店から出てきた奴が、どうぞ一回試して、って渡してきたんだ。さすがに、ヤバそうだったんでアンタのうちに置いてきた。そのまま、下水に流してくれれば、良かったのに」
「どこの店だ」

男が、小さな声で呟く。

「相手は? 日本人、白人、黒人、中東、アジア
「……オレと同い年くらいの男。身長は、165くらい……多分、チャイナ。日本語はカタコトだが、英語は ネイティヴ に近い。正規の教育受けた奴の発音だ」

七槻が、携帯で男の言った内容を伝える。

「……もう、いい」
「……それだけ。ちょっと待てよ。オレ、どうしたらいいのよ」
「殴られて勃起したのか……ど変態」

男が、わざとらしくハハハと笑う。

「……ヤりたかったら、それなりの誘い文句くらい、言えるだろ」
「えーと……もう、一本、煙草吸う?」
「いらん……帰るぞ」
「あぁ、待って、待って。10分……5分。手コキでいいんで、お願いします」

男が、煙草を吸う。

「……この部屋は、家宅捜索かける。後、お前の事務所もだ」
「えぇ、オレ、話損かよ。鬼、悪魔。もうすでに、変なもの、仕込んでるんじゃないだろうな」

七槻が、煙草を消す。

「ケツの後ろで手を組め」

言う通りにすると、手錠がかけられた。

「ちょっと、何するんだよ。アンタ、逮捕権ないだろ」
「そうだな、これはイリーガルだ」

七槻が、男の勃起したものを口に咥える。亀頭の部分をピンクの舌が這っていく。

「……オッサン、いいのか、もう太陽が登ってるぞ。皆さん、外でお待ちかねだろ」

七槻が愛しそうに男の物を愛撫する。喉の奥まで迎え入れ、それを丸ごと飲み込むように吸い上げる。

「……アンタ、バカだね……いけるわけ、ねぇだろ……」

七槻は舌を大きく出しながら、先走りで滑る亀頭を舐めた。そして、男をチラリと見上げながら、満足そうに微笑んだ。
男は、クソっと舌打ちすると、七槻の口内にペニスを強引に押し込んだ。

「……さすが、変態だな。これで、イケるんだな」

飲み切れなかった白い液体が、七槻の唇から伝い落ちていた。

「……ウルサい、悪魔」

七槻がハンカチで口元を拭いながら、窓を見つめていた。

「本当に、明るいな……さて、悪魔は、自分のお城に帰る時間だ」



警察署の前に、七槻が立っていた。それに気がついた男は
眉をしかめ反対方向へ向かおうとしたが、文句の一つも言おうと思い直したのか、七槻の前に立った。
「……おかげ様で、証拠不十分で、無罪放免ですよ」
「黒は、いくら色を混ぜても、真っ白にはならないんじゃないのか」
「……しらねぇよ、そんなの」

男が、そのまま立ち去ろうとする。

「乗っていかないのか」
「これ以上、巻き込まれるのは、ゴメンだからな」
「好きな場所まで乗せてやるのに」
「乗ってくれるのは、アンタのはずだろ」
「この後は、仕事だ」
「……でしょうね、それじゃ」
「瀧本……わざわざ、待っててやったのに、礼もなしか?」

男は、七槻の胸ポケットに煙草を押し込んだ。

「じゃあな、七槻さん」

去りゆく男を眺めながら、七槻が天を仰いだ。

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