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□同じ気持ちで
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「今日はいつもより泳いでたね、ハル。」
「…そんな事ない。」
怜の水着を買いに行った後ぐらいからハルはやけに泳ぐ事に熱心になった。
ハルの心境にどのような変化があったのかは分からないが、前よりはタイムも気にするようになり、どうやら夜はランニングもしているみたいだった。
だけど、ハルが何も言わなくても俺には分かった。
(たぶん、凛と何かあったんだろうな…。)
ハルの水泳への気持ちをここまで焚き付ける事が出来るのは凛しかいないだろう。
4年のブランクさえ諸共せず、ハルの心を持って行こうとする凛に、ちりちりと心を妬いた。
ちらりと左を見ると、ハルはふあぁぁ、と大きくあくびをしていた。
瑠璃色の瞳がじんわりと滲んで明らかに眠そうだった。
「ハル、どうせ家に帰ったらご飯も食べないで寝るつもりなんでしょ?」
「…なんでわかる。」
「何年一緒にいると思ってるの?」
「…別に1食ぐらい食べなくても死なない。」
「だーめ。あんだけ泳いだのに栄養取らなかったら体に悪いよ。」
「いやだ、めんどくさい。」
「あ、じゃあうちで食べてく?今日は確か鯖…「行く。」
「え?」
「行く。」
「鯖」という単語を口にしただけで滲んでいた瑠璃色は引き締まり中でキラキラと輝いた。
「ふふ、じゃあ決まりだね。」
「ただいまー。」
「お邪魔します。」
「「おかえり!お兄ちゃん!!」」
「あら、ハルちゃん!いらっしゃい。今日の夕飯は鯖だから丁度呼ぼうと思ってたのよ。」
玄関をあけると蘭と蓮が勢いよく出迎えてくれた。
母さんもハルとの付き合いが長い分、よくハルの事を分かっている。
さて夕飯の時間。
コトリ、と置かれた鯖の煮付けが入ったお皿もハルのを見ると1番大きい鯖が入っていた。
またもハルは瞳をキラキラと輝かせ夢中で鯖を頬張っていた。
夕飯を食べ、今にも寝そうなハルに風呂に入るように言い、今日は泊まってもらう事にした。
「やっぱデカすぎたかな…?寒くない?」
「大丈夫。」
だぼだぼのTシャツを着たハルの髪の毛をタオルで拭きつつふと思う。
こんなに自分に心を許してくれている彼は自分の事をどういう位置付けで見ているのだろうか。
幼なじみ、友達、クラスメイト、チームメイト。それとも、恋人?
彼は自分の感情をあまり表に出さない。
想いが通じ合ったのはそこまで最近の話ではないが、凛が来てから、ハルの心は時々凛の方を向く。
それが途轍もなく、怖い。
自分だってハルが何を考えてるのか分からない時もある。
「……と。…こと。真琴!」
「う、へっ?」
名前を何度も呼ばれている事にようやく気付き、俺は間の抜けた声を出してしまった。
「髪、もういいから。真琴も早く風呂に入れよ。」
見ると、ハルの髪の毛はすっかりと水分が拭き取られサラサラと艶めいていた。
「あっ!うん、じゃあ入ってくるね。」
心を感じ取られたのかと思い一瞬心臓が跳ね上がったが、そうではなさそうだったので悟られないように早々と着替えを持って部屋を出た。
脱衣所に着くと、
(しまった…替えの下着忘れてたな…)
と気付きまた部屋に戻る事にした。
「…。……!」
ドアに手をかけたところでハルの声が聞こえた。そっと扉を少しだけあけて耳をすました。
「真琴……。好きだ…。凛の事なんて考えないでくれ………。」
ハルはベッドに横たわり、だぼだぼのTシャツの胸のあたりをギュッと掴み消えそうな声で呟いていた。
あぁ、そうか…。ハルも…同じ…、俺と同じ気持ちでいてくれた。気持ちが分からないなんてひどい事をしていたのは俺の方だったのか。ハルはこんなにも俺の事を想っていてくれたのに。
そう思うと胸が熱くて、扉をあけてハルに抱きついた。
「んな…っ!真琴!?風呂に行ったんじゃ…?」
「…ハル…こそ、凛の事なんて考えないでよ。俺の事だけ見ててよ。」
「……俺は…ずっと前からお前しか見てない。」
ちゅっ、と唇に触れるだけのキスをして、見つめ合う。
そしてどちらともなくもう一度唇を重ねる。深く、角度を変えて何度も。
2人でベッドに潜り込んだ。
「好きだよ、ハル」
「俺もだ、真琴。」