Dream

□キングの手
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うるさいセミの声、ボールの音、ランニング中の掛け声、冷房の音。
そして、そのすべての音を掻き消すエルガーの交響曲第一番。
広大な音の波が生徒会室に広がる。
デスクの上には生徒会で使用する予算案のプリントが山積みにされていた。

「跡部会長これもお願いしますね。では、お先に」
そういって会計係は俺にプリントを押し付けて部屋から出ていった。
部屋に残ったのは俺一人。
「っち。なんでもかんでも俺様に押し付けやがって。」
そういって筆箱の中に手を入れた。
「いてっ。」
反射的に筆箱から手が出る。
右手の中指から流れ出す血が手首までつたった。
結構な深さを切ったようだった。
このまま作業をするわけにもいかないし、かといって片手だから治療はしにくい。
仕方なく保健室へと向かった。

保健室に向かう途中も血は流れ続けた。

保健室のドアを開けると校医の先生はいなかった。

「あっ、会長さん。」

入り口からは死角になるベッド脇のカーテンから人が出てきた。

「あぁ佳世か。悪いが治療を頼みたい。先生はいるか?」

俺は佳世に促され椅子に座った。

「佐倉先生は急用ができたから帰られたの。」

そういって俺の怪我をした方の手を持ち上げた。

「あーん?じゃあお前が治療しろ。」

「もちろん。私これでも保健委員長だから。仕事はきちんとするわ。」

そういってゆっくりと手についた血をふき取っていく。
「っふ、お前は珍しいな。」

そういって跡部は佳世を見つめる。

「私が?」

佳世は真剣に怪我をした指を見ながら返事をした。

「あぁ、お前は俺様を見てあの雌猫共みたく騒がないだろ?」

一瞬、佳世の手が止まった。

「騒いでほしいの?でも残念。私あんまり好きじゃないの。あぁやって騒ぐの。」

そして、消毒液のにおいが部屋中に広がった。

「生徒会の人のほとんどがあなた目当て、
テニス部の見学者の多くもあなた目当て、
でもね、例外もいる事を忘れないで。」

そういって血に染まった綿花を捨てた。

「他のレギュラーを見てるってことか?」

「そうね、もしくはレギュラーじゃない人かな」

佳世は包帯を手にして考えながら答えた。

包帯を巻き終えてゆっくりと跡部の手をテーブルからおろす。

「やっぱり。あなたの手はきれいね。」

そういって使った治療器具を片づけ始めた。

「あーん。豆だらけで傷だらけの手だぞ?」

キングにふさわしくないボロボロの手。
雌猫共は俺がこんなボロボロの手だと知っているのだろうか。まぁ、知るはずもないな。

そう思いつつ跡部は自分の手を見つめる。

「だからよ。あなたはまさに才能の塊だとみんなから思われてる。
でもあなたは誰よりも努力もしてる、キングの座に居続けるために。
いつも施錠をするといって部室に残って誰もいないコートで練習してるでしょ?」

何か企んでいるかのように笑いながら振り返って跡部を見る。

「っち、お前知ってたのかよ。」

バツが悪そうに頭を掻きながら答える。

「えぇ。保健室にいるとね、いろんな人がやってくるの。宍戸君なんてココの常連よ、芥川君はよくベッドで寝てるわ。」

笑いながら、跡部に紅茶の入ったカップを差し出す。

「でもね、あなたの手は一番ひどいわ。
私こんな手見たことないもの。
頑張ってきた証よ。誇らなきゃ。」

佳世の瞳にははっきりと跡部の姿が写しだされた。
「あーん。面白いこと言うじゃねーの。」

そういって跡部は佳世の顎を持ち上げ、自身の顔を近づける。

「佳世。俺様の女になれ。」

「いやだと言ったら?」

「お前を俺様の女にするっていってんだぞ、断るバカがどこにいる。」

「ここにいるわ。」

佳世は自分の顎から跡部の手を放す。

「なら賭けをするぞ、お前が俺に惚れるか俺が諦めるか。」

「楽しそうね。でも私あなたの手は好きよ。」

佳世は空になったカップをテーブルに置いた。

「なら俺様のすべてに酔いしらせるまでだな。」


コートの上に立った時のように勝利宣言をして跡部は保健室から出ていった。



「佳世はぜってい俺様で酔わせてやる。覚悟しとけよ。」
誰もいない階段にその声は響いた。
そして、窓からさす太陽の光にてらされて
キングの影ははっきりと映し出された。

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