アオイユメ

□灰白の夢
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 目に写る世界はすべてが白かった。それを不快に思うかと言われたら、きっと思わないと答えるだろう。
 大概の奴隷は、背中に焼き印を押される。私もそれは例外ではない。
 体にそれの痛みはすでにない。それでも、心にその痛みが残っている。
 大半の奴隷には、生き物でさえないような扱いが待っていて、慰み者になるだけなら、まだマシとも言えた。
 自らの名をも忘れたと言った私を、彼等は奴隷No.の33と呼んだ。No.を与えられた奴隷には多少の自由が与えられる。それは実験に使うための物であり、使えば壊れてしまうからだ。
 半月前から、No.30が紐で縛られ、吊るされた状態で、点滴をされていた場合、どれだけの期間生きるのかという実験をされていた。だが、あまりにも死なないことで、足に100キロの重りをつけられたので、そう長くは持たないだろう。
 その実験が終わればNo.31が何かの実験に使われる。No.31は魚人らしい。会ったことはないが、男だと聞いている。
 鰐池に鎖で縛り上げた状態の魚人を沈めたらどうなるのかを見るらしい、と知ったのは、その翌日だった。
 その日、私は初めてNo.31を見た。巨大なその男は、首輪こそされていたが、他は自由だった。
 不用意に他人に近付かないようにしていた筈の私は、何を思ったのかその男に近付いた。

 「こんにちは」

 私は何故か、彼を助けたいと思った。
 男はゆっくりと視線を私に向けると、視線を合わせるようにしゃがんでくれた。

 「どうした?」
 「ナイショの話、伝えたくて」

 私がそう言うと、少し考えるようにしてから、しかしそっと耳を口元に近付けてくれた。

 「お兄さんは、魚人さんでしょう?」

 男は頷くことでそれに答えてくれた。

 「貴方は明日、その首輪を外されて、鉄の鎖で縛られた状態で、鰐池に沈められるわ。だから、可能なら逃げて。鰐池の底には、海水を引き入れるために、海と繋がってる場所があるから」

 そう言ってから、そっと離れると、男は聞いてきた。

 「お前の名は?」
 「No.33」

 迷わずに答えた私に、男は呆れたように言った。

 「それは名前じゃねぇな。だが、33か…なら、ミサだ。ミサと呼ぶぞ」
 「ミサ…」

 私が繰り返すように言うと、男は私の頭を優しく撫でた。

 「俺は反抗的だからとここに送られた。おめぇは?」
 「言霊の一族の筈なのに名前を忘れていて使えないから」

 俺はそれを聞くと眉間に皺を寄せて、囁くように言った。

 「…そうか。ありがとな」

 それから数日後、彼は逃げ出すことに成功した。私の順番が近付いたことは解っていたが、どうでもよかった。
 日の光に当たらなかった期間が長かったために、病的に白い自分の肌を見て吐き気がした。部屋には白いパイプベッドがあり、部屋自体は白い壁で作られている。窓はなく、白いドアが一つだけある。
 生きていたいとは思えなかった。言霊の一族とか言われても、それは恐らく人違いだろう。名を忘れたと言ったのは、人違いだと解れば殺されると思ったからでもあった。
 でも……母が確か昔言っていた。真名を無闇に教えてはならない。お前は相手の真名を知れば、その相手を操れるが、逆に知られれば操られるのだから。
 真名ってのは、砂雪だと思うけど……。雨竜なんてよくある家柄だと思うのに……。
 それから10日、私の順番が回ってきた。

 「No.33、来い」

 やっと死ねる。やっと終われると思った。なのに、足は勝手に震え始める。
 それを見ているのか、見ていないのか微妙な様子で呼びに来た人が私を運んで行く。私はそれに抗う事もできない。
 ただ、引き摺られるように、後に続いた。
 普段は閉められていた巨大な扉が開かれており、私は何かが込み上げて来ようとするのを感じながら、その場に膝をついた。その瞬間、鞭が私の体を襲う。
 痛いと言うより、熱いと感じた。だが、それも繰り返されれば、先に叩かれたところから順番に痛みへと変わる。
 だが、泣けば殺される。
 歯を食い縛り叩かれ続けていれば『ご主人様』が姿を見せた。

 「何をしているのかえ?」
 「はっ!実験場に入るのを拒むような行動を取ったので、鞭を与えておりました」

 それを聞いたご主人様は、鞭を取り上げると床を叩いた。それから鞭を使っていた人に言った。

 「誰が叩けと言ったのかえ?勝手なことはするなえっ!」

 鞭自体の威力が高いのだと、その時に知った。このご主人様が使っても、床が削れるなら、余程だ。
 呼吸が苦しくなる、意識が飛びそうになる。それは痛みからか、恐怖からか……。
 その直後、私は担ぎ上げられ何かの台に下ろされた。それが舞台設備であると気付いたのはライトに照らされた時だ。
 ライトが私を照らす。熱くて、眩しくて、他は良く解らない。
 そんな空間に現れたのは、まるで手術を控えた医者のような姿の人間達。
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