弱虫ペダル

□小さな恋のメロディー
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20km以上離れた病院へ、お母さんのお見舞いのために毎日自転車で通う少年の話を 、看護師をしている母から時々聞いていた。

初めてその話を聞いた日から、彼は私の王子さまになった。

手足のスラリとした線の細い、目がパチッとしているという、優しい優しい男の子。

私は母の話す王子さまの情報を聞き逃すまいと集中した。
母の口を軽くするために、お酒を勧めることもした。

そして知った。

同級生の彼、御堂筋翔くんこそが、王子さまだったということを…。

正直ガッカリしなかったといえば嘘になる。

だって御堂筋くんは私の王子さま像と違って、イケメンではないし、おもしろい話も出来ないし、目立たないし、運動神経も悪かったから。

でもそんなことなんて気にならない程に、私は御堂筋くんの優しいところが大好きになっていた。


夏休み明けの図工の時間、『将来の夢』というテーマで絵を描いた。
御堂筋くんが描いたのは、自転車に乗ったスポーツ選手の絵で、私は彼にピッタリの素敵な絵だと思った。

なのにクラスの男の子達は無理だとバカにして、挙げ句の果てにはイタズラ書きまでしようとした。

それを見た瞬間

勝手に体が動いた。

春からおとなしい標準語の転校生を無難に演じていた私は、御堂筋くんをバカにしていたリーダー格の男の子に飛び付き、引っ掻き、罵り、力自慢の彼を泣かせてしまった。

そして生まれて初めて職員室へ連れて行かれ、落ち込んだ気持ちで外に出ると、意外なことに御堂筋くんが待っていた。

「…べっ別に…ありがとう…なんて…お、思ってへんから…」

私の姿を一瞬だけ見ると、横に目を逸らし、その後はどもりながらも一生懸命に話してくれているのが分かる。

「待っててくれたの?御堂筋くん。」

少し腫れた赤い目を見られるのは恥ずかしいから、私も下を向いて話す。

「…待ってへんよ…。…たまたまや…。」

落ち着きなくモジモジしながら、変な間で話す御堂筋くん。
でも、この話し方はいつものこと。
もう外は薄暗くなっているのに私を待っててくれた、優しい優しい御堂筋翔くん。

「じゃあ、一緒に帰ろう。」

体をビクッとさせながらも、小さく頷いた御堂筋くんの手を勝手に引いて歩き出す。
どうせ明日からは、今日のことでからかわれてしまうから、それならばいっそのこと、開き直っても良いんじゃないかって思ったの。

……………

「ねぇ、御堂筋翔くん。私という可愛い彼女はいりませんか?」

「…はっ!!……いっ意味分からんし…キモイ…。」

「いや、気持ち悪くないから。だいたい御堂筋くんのせいで、私はこれから親も呼ばれるんだし、絶対怒られるし、責任取ってくれない?」

「…頼んでへんし…。…意味分からん…。」

「嫌じゃないんでしょ?なら良いの。今度、お母さまに挨拶へ行かなくちゃ。」

「…来んでええ!!」

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