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□薄桜ホームの風間さん
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いくら人間よりも高い身体能力があろうとも、鬼も年には敵わない。
かつて西の鬼をまとめていた、風間千景も例外ではなかったようで…。
「新八っつぁん。今日も天気が良いなー。」
「あっ?何?佐之、お前ぇー、声が小せぇーよ。」
「だから、天気が〜」
「あっ???」
薄桜ホームの中庭に置かれたベンチに腰かけ、二人の老人が話している。
周りの人からはすれば、充分過ぎる程の大声だが、二人にとっては、音量が足りないらしい。
そうこうしているうちに、刀のような杖をついた、新八っつぁんと呼ばれた 男は、眠ってしまったようだ。
「今日も平和だな〜。若い頃はケンカに明け暮れて、毎日が生きるか死ぬかでな〜。あっ?今日は何日だった?」
相棒が眠ってしまったのには気付かず、普通の杖よりも長く、槍のような形をした棒を持つ、佐之と呼ばれた男は話し続けている。
なんとものどかな、薄桜ホームの日常風景。
「すまない。301号室の風間さんを頼む。」
申し訳無さそうに、同僚の山崎君に声を掛けられた。
ようやく遅い昼食休憩に入ったばかりだった私は、食事を中断すると重い足取りで、301号室へと向かった。
「来たか。我が妻よ。此方に来て、先ずは酌でもしてもらおうか。」
失礼しますと声を掛けて部屋に入ると、部屋の主は偉そうにそう言い放った。
この男こそ、天上天下・唯我独尊な我がホームのキングで問題児の風間千景さんだ。
以前、若かった時の写真を見せてもらった事があるが、昔の面影はあまり残っていない。
昔はキラキラ輝いていた金色の髪も白く変わり、量も十分の一程度となっているし、肌身離さず身に付けていたチョーカーも、今ではGPSが内蔵された、緊急時通報機能付きの物になっている。
何故かこの年まで独身を貫いた彼は、今、私に求婚中なのだった。
老いてなお現役ということだろうか…。
「ハイハイ。あまり飲み過ぎちゃ駄目ですよ。」
そう言って、風間さんの傍らに座ると、彼の手にあるお猪口にお茶を注ぐ。
満足そうにそれを飲み干すと、次を催促される。
全く、困った王様だ…。
「我が妻よ。今夜こそは此処に泊まるのであろう。」
全く、本当に困った王様だ…。
でもこれも、薄桜ホームではお馴染みの光景。
数日後、休日だった私のアパートに「迎えに来たぞ。我が妻よ。」とホームを抜け出した風間さんが訪ねて来た話は、また後でしようと思う。