うた☆プリ 短編

□手のひらの体温
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――いつからだろう。

眠ることが怖くなったのは。

闇に包まれて、まるで永遠に朝が来ないかもとさえ、錯覚する。



…それに、嫌でも思い出す。


冷たいベッドの感覚や、無機質な機械音。
どこからか聞こえる看護師の足音、遺族の泣き声。

病院で仲良くなった男の子のこと。隣のベッドにいたおじいさんのこと。

――俺よりも先に、逝ってしまった人たちのこと。



「――…っ!!」

寝返りをうった瞬間、心臓が大きく跳ね上がった。

このポンコツな身体は、強気な心とは反比例して小さなことでも悲鳴をあげる。

シーツを握りしめて、そっと息を潜めた。
同室の那月に、バレないように。心配かけないように。

心配性な幼なじみは、俺の秘密を知ったらきっと悲しむだろうから。



「…はっ…――っ…」

それなのに、発作はいつまで経っても収まってくれない。


ヤバい。そう本能的に察して、薬の入っている引き出しに手をかけた。

――でも、震えている手のせいか、それとも霞む視界のせいか。

いつもならすぐに見つかるはずの薬が、見つからない。


「はっ、――ぅ…っ……」


息が出来ない。視界が暗転する。

なつき――フェードアウトしかける中で半ば無意識に叫ぶと、ふわりと誰かに抱きしめられた。



「翔ちゃん!どうしたんですか!?」




…それは、一番そばにいて欲しかった人。

発作のせいで苦しい呼吸の中、とぎれとぎれで言葉を紡いだ。

「――っ…すり…ひき、だし…に――…っ」


その言葉で意図を理解したらしい那月は、すぐに薬を見つけて飲ませてくれる。


「――っ…ひ……ぅ…」


薬が効いて呼吸が正常に戻るまで、那月はずっと俺を抱きしめて背中をさすってくれていた。


「…翔ちゃん?落ち着きましたか」

「な、つき…」

「…深い事情は訊きません。でも、辛いことがあるならもっと頼ってください…。僕は翔ちゃんの恋人なんですから……」

「――…なつ…き…」



言いたいことはたくさんあるのに、零れるのは涙と愛しい人の名前ばかり。

何も言えずに泣く俺を包んで、那月は顔中にキスの雨を降らす。

素直に言えない分、心の中でありがとうと何度も呟いた。






「さぁ、もう寝ましょう翔ちゃん。明日も早いです」

「ん…」


俺を抱きしめたまま、那月はベッドに横になる。

そのまま、おやすみと呟いて互いにそっと目を閉じた。




――何も訊かないでいてくれる、その優しさが嬉しい。


――何も言わなくても隣で寝てくれる、その優しさがありがたい。


――夢の中でも手を繋いでいてくれる、その優しさが好き。






だから、お願い。


この手を絶対に離さないで。

お前の温もりが、存在が近くにあれば、眠ることも怖くなくなるから――…。







*Fin*


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