うた☆プリ 短編

□マスク越しの口付け
1ページ/2ページ



「翔ちゃん、お風邪を引いちゃったみたいなんです…」


朝一番そう言った那月の言葉に、俺は何も考えず教室を飛び出した。

――4月11日、今日も快晴なり。
だけど翔が隣にいないだけで、心はどうしても晴れなかった。



.・.*.・.*.・.



「翔っ!!」


部屋に入ると、翔はなぜかキッチンに座り込んでいた。

真っ赤な顔に、荒い呼吸。口元には普段見慣れないマスク。目もとろんとしてる。わ、つらそう。
――ってか。


「翔!なんでこんなとこにいるの!熱あるのに!」

「ぁ…おと、や……?」


慌てて駆け寄り、抱き抱えた翔の身体は予想以上に熱かった。


「大人しく寝てなって!悪化したらどうすんのさ!!」


くたりと俺に身体を預け、荒い呼吸を繰り返す翔。いつも元気いっぱいの姿しか見てないから、不安になる。

――あぁ俺、思ってたより翔のこと何も知らないんだな…。


「とりあえずベッド行こう、翔。運ぶから捕まってて」


そっと声をかけると、「うん…」という弱々しい言葉と共に背中に腕が回される。頼ってくれてるのかなって、さっきまでの不安が少し和らいだ。あれ、俺って単純?


「――と、や……ご…め…」


きゅ、と少しだけ強められた腕と、耳元で呟かれたセリフ。

ごめん?どうして?視線で聞き返せば、翔は小さく「誕生日…」と呟いた。


誕生日?――あぁそっか。今日は4月11日。俺の、誕生日だ。


寝室に入って翔をベッドに下ろすと、翔は頭まで布団をかぶってしまった。
布団の中から、くぐもった声が聞こえる。


「俺、ちゃんと祝いたかったのに…風邪なんかひいちまって…。でも、音也の誕生日に何も出来ないのは嫌で……!」

居ても立ってもいられなかった。そう言った翔の声は、少し震えていた。


「翔……」

「わっ、笑えばいいじゃねぇか…!だったら最初から風邪なんかひくなって、正直に言えばいいじゃねぇか……っ!」


嗚咽混じりの声を愛しく思いながら、ベッドの上の塊をなでる。そして、


「笑わないよ。だって俺、今すっごく嬉しい」


ぴくり、布団の中で翔が反応したのが分かった。
そろりと顔だけ出して「どうして?」なんて。あぁもう、本当に愛しい。


「だって、そうでしょ?翔が風邪をひかなかったら、こうやって二人きりでいられなかったんだから」


いつもなら学園内にいる時間。黙って帰って来ちゃったのは少し不安だけど、翔の看病をしてたと言えばどうにかなるだろう。
俺も翔も、それなりに交友関係は広いから。いつも誰かしらが近くにいて、二人きりになれる時間は滅多にない。


「だからね?俺は結構嬉しかったりしてるんだ」

「―――…っ、ばか……」


隠さず本音を言えば、翔はさらに顔を赤くしていた。
その紅潮はきっと、熱のせいだけじゃなくて。


「……おとや、」

「ん?どうしたの」

「――たんじょうび、おめでと…」


くぐもった声で、でもしっかりと紡がれた台詞。へにゃりと、自分の頬が緩むのを感じた。


「へへ…ありがと、翔。ほら、もう寝て、風邪治さないとね」


ここにいてあげるから、と言うと、翔はうん…と舌っ足らずな口調で頷いて目を閉じた。
まるで子供みたいに、俺の指を握って。


「かわいいなぁ…」


すやすやと早くも寝息をたて始めた翔の頭を撫でて、小さく吐き出す。

マスク越しならいいかな…と、キスをひとつ落として。


「…やっぱり、何もない方がいいや。翔の味がしないし、ね」


そう呟いて、一人苦笑した。





*マスク越しの口付け*
(だから、治ったらいっぱいキスさせてね?)







→Next あとがき
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ