うた☆プリ 短編
□マスク越しの口付け
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「翔ちゃん、お風邪を引いちゃったみたいなんです…」
朝一番そう言った那月の言葉に、俺は何も考えず教室を飛び出した。
――4月11日、今日も快晴なり。
だけど翔が隣にいないだけで、心はどうしても晴れなかった。
.・.*.・.*.・.
「翔っ!!」
部屋に入ると、翔はなぜかキッチンに座り込んでいた。
真っ赤な顔に、荒い呼吸。口元には普段見慣れないマスク。目もとろんとしてる。わ、つらそう。
――ってか。
「翔!なんでこんなとこにいるの!熱あるのに!」
「ぁ…おと、や……?」
慌てて駆け寄り、抱き抱えた翔の身体は予想以上に熱かった。
「大人しく寝てなって!悪化したらどうすんのさ!!」
くたりと俺に身体を預け、荒い呼吸を繰り返す翔。いつも元気いっぱいの姿しか見てないから、不安になる。
――あぁ俺、思ってたより翔のこと何も知らないんだな…。
「とりあえずベッド行こう、翔。運ぶから捕まってて」
そっと声をかけると、「うん…」という弱々しい言葉と共に背中に腕が回される。頼ってくれてるのかなって、さっきまでの不安が少し和らいだ。あれ、俺って単純?
「――と、や……ご…め…」
きゅ、と少しだけ強められた腕と、耳元で呟かれたセリフ。
ごめん?どうして?視線で聞き返せば、翔は小さく「誕生日…」と呟いた。
誕生日?――あぁそっか。今日は4月11日。俺の、誕生日だ。
寝室に入って翔をベッドに下ろすと、翔は頭まで布団をかぶってしまった。
布団の中から、くぐもった声が聞こえる。
「俺、ちゃんと祝いたかったのに…風邪なんかひいちまって…。でも、音也の誕生日に何も出来ないのは嫌で……!」
居ても立ってもいられなかった。そう言った翔の声は、少し震えていた。
「翔……」
「わっ、笑えばいいじゃねぇか…!だったら最初から風邪なんかひくなって、正直に言えばいいじゃねぇか……っ!」
嗚咽混じりの声を愛しく思いながら、ベッドの上の塊をなでる。そして、
「笑わないよ。だって俺、今すっごく嬉しい」
ぴくり、布団の中で翔が反応したのが分かった。
そろりと顔だけ出して「どうして?」なんて。あぁもう、本当に愛しい。
「だって、そうでしょ?翔が風邪をひかなかったら、こうやって二人きりでいられなかったんだから」
いつもなら学園内にいる時間。黙って帰って来ちゃったのは少し不安だけど、翔の看病をしてたと言えばどうにかなるだろう。
俺も翔も、それなりに交友関係は広いから。いつも誰かしらが近くにいて、二人きりになれる時間は滅多にない。
「だからね?俺は結構嬉しかったりしてるんだ」
「―――…っ、ばか……」
隠さず本音を言えば、翔はさらに顔を赤くしていた。
その紅潮はきっと、熱のせいだけじゃなくて。
「……おとや、」
「ん?どうしたの」
「――たんじょうび、おめでと…」
くぐもった声で、でもしっかりと紡がれた台詞。へにゃりと、自分の頬が緩むのを感じた。
「へへ…ありがと、翔。ほら、もう寝て、風邪治さないとね」
ここにいてあげるから、と言うと、翔はうん…と舌っ足らずな口調で頷いて目を閉じた。
まるで子供みたいに、俺の指を握って。
「かわいいなぁ…」
すやすやと早くも寝息をたて始めた翔の頭を撫でて、小さく吐き出す。
マスク越しならいいかな…と、キスをひとつ落として。
「…やっぱり、何もない方がいいや。翔の味がしないし、ね」
そう呟いて、一人苦笑した。
*マスク越しの口付け*
(だから、治ったらいっぱいキスさせてね?)
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