薄桜鬼
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「「―――あっ…―――」」
声を上げたのは、ほとんど同時だった。
そのとき確かに、ふたりの中で何かが変わった。
平助の瞳からわけもなく涙が流れて、頬を伝っていく。
「平助……っ」
「左之、さん…左之さん…!逢いたかった…っ!!」
――逢いたかった。百年以上前から、ずっと、ずっと。
そこにいたのは、戦乱の世を駆け抜けた新選組幹部の、ふたり。
「平助…平助なんだな…?」
「うん……左之さん…っ」
ふたりは再び抱きしめ合う。あのとき掴むことが出来なかった背中を、もう二度と離さないように。
――嗚呼、ずっと言えなかった言葉を、今なら言うことができる。
「…ごめん左之さん…ごめんなさい。俺は結局、約束を守れなかった…!」
また会おうと、約束した。でもその約束が叶うことはなくて…。
「いいんだ、平助。ありがとう、お前はずっと、気にしてくれてたんだな」
それでも貴方は、そうやって笑ってくれるから。
平助は原田の瞳を真っ直ぐ見て、告げる。なんとなく直感で、こうしていられるのも残りわずかだと感じて。
――そしてそれは、原田も感じていた。
「左之さん――俺は、左之さんが好きだった。ううん、今でも好きなんだ。ねぇ、また一緒にいてくれる?」
少しだけ寂しい気持ちを感じながらそう問えば、答えは想像以上の笑顔と甘い声で返された。
「当たり前だろ?俺も、ずっとお前だけが好きなんだ。――愛してる、平助」
「うん……っ」
精一杯の笑顔で頷けば、そっと上を向かされる。平助は静かに瞳を閉じた。これから与えられるであろう行為に、喜びと、そしてほんの少しの期待を込めて。
――ふたりの影が、ひとつに重なる。
今度こそ、離れないと誓うキス。優しくて、甘くて、そして深い深いキス。
「左之、さん……」
離さないでと、視線で告げた。
もう一人にはなりたくない。だって、やっと逢えたんだ。
無限にある出会いの中で、ふたりは再び巡り会うことが出来た。だったらこれはもう、“運命”でしょう?
――貴方に会えてよかった。
――お前に会えてよかった。
ねぇまた、歩き出せるよ。昔のように。
今度こそ離れないように、手を繋いで。
「平助…」
「左之さん…」
“最後の”瞬間、ふたりが想っていたのは、きっと同じこと。
「「――好き――」」
声が重なったことに少しだけ目を見開いて、その後ふたりは微笑んだ。
――そして。
その台詞を最後に、ふたりの視界は静かにフェードアウトしていく。
暗闇の中で舞っていた桜の花弁が、もう光を見失うことは、ない。