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□ボタンをください。
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卒業式当日。
気が付いたらあっちゅー間にこの日が来たなぁと、俺は教室でぼんやりと考えていた。
 ふと廊下を見ると、結構必死になってどこかに走っていく白石の姿。
どうやら、今朝勃発した「白石のボタン」を巡っての騒動はまだ続いているらしい。

「ほんま、人気やなぁ・・・」

 逃げ回る白石に呆れて、溜息をつく。

(暇や・・・)

 四天宝寺中に通う最後の一日。
白石や他のテニス部のメンバーと色々話したかったのに、これじゃ無理か。
まぁ、白石も災難やなぁ、と苦笑を浮かべていると、ふっと影が落ちた。
 顔を上げると、目の前に立つ一人の女子。
見覚えのある女子に、俺は小さく首を傾げる。
 確か、同じクラスの子や。いっつも本読んどって、大人しい感じの。
そんな子が、俺になんの用やろ?

「どないしたん?」
「・・・あ、あのね・・・・・・忍足君のボタン、くれへん?」
「・・・え?」

 一瞬思考が止まった。
数秒かかって何を言われたのかを理解し、目の前で顔を赤らめる彼女にこっちも照れる。

「え、っと・・・俺のでええの?」
「忍足君のがええの!」

 その言葉に、胸が震えた。

「・・・自分が一番ノリやで」

 照れ隠しにそう言ってボタンをちぎろうとし、ふと手を止める。

「・・・どれがええ?」

 せっかく欲しいと言ってくれたのに適当にちぎってやるわけにもいかず、一応聞いてみる。
すると彼女はますます顔を赤くして、小さく「2つ目」と言った。
 それを聞いて、今度こそ俺の顔も赤くなる。

「・・・他にやる人おるなら、それでなくてもええから。」

 その言葉に頬を掻く。
別に、誰かやりたいっちゅー人もおらんし・・・

「なぁ、名前教えてや。名字やのぉて、名前。」 
「え?」

 制服から第二ボタンをちぎって立ち上がる。
首を傾げる彼女が可愛く見えたのは、きっと錯覚やない。
 俺なんかのボタンが欲しいて言うてくれた、そんな自分にただ渡すだけなんて失礼やろ、と言えば耳まで真っ赤にして俯いた彼女がぼそぼそと名前を紡ぐ。
 それを聞いてから、そっと手を取った。


 「     」


 周りの喧騒にかき消されないように顔を近づけて名前を呼ぶ。
手渡したボタンは、俺よりも一回り小さな手に包まれて。
 目の前の彼女が嬉しそうにはにかむのが見えた瞬間、確かに胸が高鳴ったのを感じた・・・



 (中学生活最後の一コマ。小さく穏やかな、恋の始まり。)
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