混濁物語

□脳内細胞死滅計画
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嫌な気配を感じる。普段感じることがない視線だった。どちらかと言うと、兄と弟の二人が纏う雰囲気だった。兄である創樹、俊希だ。偶に纏う雰囲気が違うことがあった。だけど、敢えて、オレは何も言わなかった。言ってしまえば全てが終わってしまう気がしたからだ。何かを隠しているのはわかっていた。

「お前が人類最善主義者か。」

空気が重く冷たかった。以前にも似たような表現を俊希の学友に言われたことを思い出す。全く似ていないのに弟と彼は似ていた。酷似していたと言っていいかもしれない。現れた細身の男は白い学生服を身に纏い狐面を被っていた。まるで、死装束かのようにも見えた。

「アンタは、誰だ?」

「くっくっ……≪アンタは、誰だ?≫か。俺は、俺だよ。だが識別名を言うならば……そうだな。人類最悪の遊び人ーーーとだけ、言っておこうか。」

「……オレに何の用だ。」

冷や汗が伝う。今すぐにでも逃げ出してしまいたい衝動に駆られる。何故だか今まで保っていた現在を壊されそうで根本から否定されそうで怖かった。

「用、か。特に用はないな。敢えて言うなら、これを渡そうかと思ってな。お前のじゃない。だがな、お前は何れにせよそれの持ち主と関わることになる。」

大きな鋏を渡される。どう考えても普通持ち歩くものじゃない。強制的に受け取る形になり睨みつけるが、男は平然とした様子で(と言っても狐面のせいで表情はわからない)立ち去ろうとしていた。

「ああ、そうだ。小田原市にある新しく出来た企業会社があるだろう。そいつらにお前を除く兄弟、命狙われてるぜ。」

軽く思い出した、と言った様子で信じ難い言葉を残して消えた。嘘だとは思う。だけど言い知れない不安が脳内を侵食した。確かめるだけ、そんな軽い気持ちでオレは言われた場所、小田原市にある企業会社へと向かった。一時間も経たずにその場所に着いた。裏の路地裏へと身を隠す。周りは全て空き巣を占めていて疑問が浮かぶ、それと同時に話し声が聞こえてきた。

「……笠松創樹と笠松俊希だっけか。」

「ああ、彼奴らは≪零崎≫だ。」

「だけど、真ん中の奴は違うのか?」

「違うみたいだな、今までそんな報告はない。」

「零崎に覚醒する可能性は?」

「わからん。それを言ったら、俺達にも零崎になる可能性があることになる。」

「始末はあの二人だけか。油断はするなよ。」

「ああ、確実に仕留める。子供だからって容赦はせん、必ず殺す。」

殺すーーー頭が真っ白になる。兄と弟の名前が出たことも≪零崎≫なんて言葉も何もかも理解出来なかった。わかるのはオレは除外された、ということと創樹と俊希が殺されるかもしれないということだった。

「っ……⁉︎」

気が付くと辺りは赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤ーーー一面赤く染まっていた。中に着ていた白のシャツは赤くなっており手も持っていた鋏ごと赤く染まっていた。奇跡的にジャージには赤がついてなかった。

「は……?」

呆然と辺りを見渡す。周りには首がない胴体、胴体がない首、胸が真っ赤に染まっている体、切り裂かれた身体の部位が沢山あった。つまり、死体だけだった。それを見た瞬間、映像が散らつく。オレがこいつらを殺している映像だった。それでも、罪悪感も何も感じないことに疑問を覚える。鞄に入っていたタオルで大鋏についた赤を拭う。そのままタオルごと鋏を鞄に仕舞った。状況はわからない。だけど、ここにいては不味いことがわかった。無我夢中、そういった様子で家へと走る。それを誰かが見ていたなんて気付きもしなかった。オレは俊希と二人で暮らしている。創樹は学校に寮暮らしだから一緒に暮らしてはいない。俊希は例の学友と遊びに行くと言っていたし今日は帰らないだろう。シャツを脱ぎタオルと一緒にゴミ袋に投げ入れる。流石にゴミ袋なんて誰も見ないだろう。大鋏はタオルに包み鞄に入れ直した。家に置いていく訳にもいかない。荷物検査がない学校で安堵を覚える。
翌日、通常通りに学校に通った。俊希は昨日帰って来なかった。そのせいか昨日の惨劇をすっかり頭の中から消去していた。

「やあ、幸男。久しぶりだね……ちょっといいかい?」

帰り道に兄である創樹が現れるまでは。

「そう、き……。」

「うん、ここでは話辛い話だから。一度、家に行こうか?」

力なく頷く。言葉を発することなんて出来なかった。家に着き沈黙が続く。からからに喉が渇いた。

「俊希がね。ある企業会社から君が出て行ったのを見た、と言ってるんだよ。」

刃を突き刺されたように感じた。顔は笑っているものの空気だけが異様に重たい。

「それだけなら良かったんだけどね。シャツが赤くなっていた、と聞いて驚いたよ。怪我をしたのかと思った。その様子だと大丈夫そうだけどね。」

立ち上がりながら創樹はゴミ袋から赤いシャツとタオルを取り出した。困ったような笑みを浮かべながらそれをまたゴミ袋に仕舞い座り込む。

「教えてくれるかい?どうして、あの企業に行き皆殺しにしたのかを……さ。」

ぱらぱらに何かが崩れる音がした。同時にもう戻れないのだと気付く。あの男が言って言葉を気にしなければこんなことにはならなかったのかもしれない。
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