『オオカミとリス』
□010.リス
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心地よい夜風に当たりながら、駅へと向かう。
覚束ない足に、自分が結構酔っていたことに今さら気付く。
「…やり過ぎたか」
あいつとは喫煙所でくらいしか会わないが…面白いヤツだった。
意識はどっかにすっ飛ばして、俺の手にする煙草をじーっと見ていたり。
ボーっと煙草をふかしていたかと思えば、急にはにかんで耳まで真っ赤にしてみたり。
そんで目が合ったと思ったら、キョロキョロと目を泳がせて…まるで、小動物。
例えるならば…リス?
残業してた時も、またどっかに意識飛ばしてたから、好奇心で覗き込んでみたら、耳まで真っ赤にさせていて。
間近で見た瞳は思ってたよりも薄茶色で、吸い込まれそうに綺麗で…
ヤバいと思ったときには、もうやっちゃってた。
それから全然喫煙所に来なくなったし、来たと思ったらやっぱり小動物みたいに警戒してたから…
面白くてわざと顔近付けて火つけてやった。
翔ちゃんが飲み屋に呼び出したのが、まさかあいつだと思わなくて、
気まずそうな顔してたから。
ちょっと反省してクタクタの翔ちゃんの介抱に専念していたら…
まるで嫉妬でもしてるかのような瞳で翔ちゃんを睨み付けてるから、もうなんだか、ただただ可愛くて仕方がなかった。
あとはもう、なんでもいいから口実が欲しかった。
『ライターの代わりに』
そんな滅茶苦茶な理由でも、あいつにもっと近付きたかった。
同僚だとか、そもそもあいつが男だとか、そんなのはどうでもいい。
耳を真っ赤にさせて、茶色の瞳をキョロキョロとさせる姿が見たかった。
「…違うな」
そうじゃない。
そんな顔させたいんじゃない。
そんな顔させてしまうような事を、俺がしたかっただけだ。
その瞳で、もっと俺を見てほしい。
どんな印象でもいいから、俺のことを考えてほしい。
無理矢理にキスしたから、抵抗されると思ったのに。
急に力が抜けてふんにゃりしてるあいつを見たら、これ以上理性が持たないような気がして…家を後にした。
「マジか…」
好奇心では片付けられないこの感情に、名前をつけるのは簡単で。
それに気付いてしまった俺は、これからどうなるのだろう。
『すぐオオカミにならないように』
とりあえずそれだけは肝に銘じた。
…って、自信ねぇな…
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