たんぺん

□小話
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場所:日常世界
登場人物:雨津と奏也と幸神と皇

《RPGごっこ前日譚》


奏也は非常に困惑していた。
今日の授業も終わり、STも終わり後は帰るだけとなったのでそうする事にした彼の前に現れたのは、同学年でも割りと有名な雨津と幸神と皇の三人だった。

「ねぇ!奏也くんだよね?」

きらきらと眩しい雨津は、奏也よりも若干大きいので上から覗き込む形でこちらを見ている。
そんな彼に圧倒されながらも返事を返せば

「おいあまつん、少し離れろ。」

後ろの保護者…もとい、皇からお咎めを貰い雨津は慌てながら若干後ろに下がり

「お願いしたいことが有るんだけど良い?」

と元気よくお願いしたのだった。
その時、彼は何も思わず自分が出来るのならやるよ?と承諾したのだが、この選択を後悔することになる。














「じゃあ!第1部からやろ!」

奏也は非常に困惑していた。
無理も無い。何故なら彼は現在体育館にいたのだ。
雨津達と4人でいるのではない。
演劇部が総動員しているのである。

どうしてこうなった。
彼は出来るのならそう叫びたかった。



それは少し前の話になる。

「ねぇねぇ!奏也くんって『しあわせのさきっちょ』って本知ってる?」

奏也をどこかへ連れて行きながら雨津はそう尋ねた。

「うん、図書館で何度か読んだから知ってるよ。」

「そっか!良かった!」

満面の笑みになる雨津に首を傾げた。
補足するように保護者2人が奏也の両腕をしっかりつかんで説明をし始める。

「実はな、あまつんがどうしても、どぉーしてもあの作品の『勇気の戦士』役がやってみたいって言っててさぁ…。」

「それで、俺達でやる事になってね?」

「それでそれで、俺が『明朗の聖剣士』で幸神が『閉塞の召喚士』なんだよ。んで、丁度『灯火の魔法使い』役が居なくて、どうしようかって悩んでたんだけどぉ…。」

「このストーリー知ってて、『灯火の魔法使い』みたいな人っていなかったっけ?って話になって。奏也くんぴったりそうだなぁって思ったんだよ。」


『しあわせのさきっちょ』
その話は、偶然出会った4人の全く職業の違う彼らがあらゆる事にやんわり巻き込まれてなんやかんやでいつの間にか魔王を倒すRPG風のシナリオ展開の小説であった。

そんなことよりも、奏也は1つの答えが話の流れで導き出されてしまったことに気付いた。

もしかしなくても、この3人の『ごっこ遊び』に付き合わされるのではないかと。
確かに、自分は皆を喜ばせる為に色んな話を聞かせているが、それを見知らぬ、とまではいかないがたいして仲の良い友達でもないこの3人とやらなければいけないだろうか。
そもそもの問題、何故自分なのだろうか。自分でなくとも、もっと他に適役がいたのではないかと。その前に幼い子供とも言い難いこの歳でそんな日曜日の朝に放送している様な事をこの天才2人は本気になってやるのだろうか。
そんな事をグルグルと考えていると、

「…、…奏也くん聞いてた?」

と皇に声を掛けられた。どうやら自分が考えている間に更に話が進んでいたらしい。

「えっ…、あ、ごめん…。聞いてなかった…。」

キョトンとしながら2人を見ていたがその背景にピントを合わせると体育館が目に入った。
驚きに目を見張る。

まさか、こんな所を使うのか。
確かに、あの話の冒頭は広い空間だったが、ただのごっこ遊びにそんなリアリティは要らないだろう。
そう思っていた奏也の予想は、更に斜め上を全力でいく。

「『灯火の魔法使い』連れてきましたー!」

雨津が元気いっぱいに叫んだ先には、どう見ても部活中の演劇部がいる。
しかも、演劇部の部員達は待っていたかのように返事を返し、何故か透明なシートを設置したり音響に指示を出したりしていた。

シートには、とても手の込んだ魔法陣が描かれている。
カーテンが閉じられ、専用の幕が垂れ下がるとそこには本格的な、『しあわせのさきっちょ』の舞台が完成した。

「じゃあ!第1部からやろ!」

その声と共に照明が落ちる。
舞台は、もう始まっている。
冒頭は、『灯火の魔法使い』が暗闇の中で目を覚ますのだ。








『魔法使い』にとっての『幸せ』の始まり。

道化師にとってのある意味惨劇の始まり。
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