夢の先

□1.One
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 あの日も雨だった。



 私は家にいたから連絡はつきやすかっただろう。
 両親とも外出の多い人達だったから、1人で留守番をする事も少なくはなかったけれど、それはそれで嫌いではなかった。
 でもやっぱり皆が帰って来るのが待ち遠しくて、音がするたびに玄関まで走って行ったことも少なくはない。
 電話係もいつも私で、それは皆がいる時も変わらなかった。
 セールスの時は少しドキドキしながら、わざと子供っぽい声を出して『今お母さん手が離せないんですぅ』が私のセリフ。
 心の中でセールス対応用のリハーサルをしてから軽く咳払いをして、私は受話器をとった。


 誰だろうかと思っていると、その人はやけに声の低い男の人で、やけに遠まわしに話を始めた。
 名前は呂嘉(ろか)さんと言った。初めて聞いた時は上手く聞き取れなかったけれど、身に覚えがないその名前はきっと何かのセールスだと思ったから、名前なんて別にどうでもよかった。

 『落ち着いて聞いて下さい』と何回言われただろうか。言われるたびに『落ち着いてるわ!』と心の中で返して。
 何回目かの『落ち着いて聞いて下さい』の後、どういう言い回しだったかは忘れたけれど、自称警察官の呂嘉さんという人は『奏多(かなた)さんのお母様とお父様が事故に遭われました』と静かに言った。

 心臓がドクンと一回大きく鳴った。
 鈍器で殴られたみたいに、心臓を誰かに握られたかのように、一瞬、苦しくなる。
 確か、小さな声で『はぁ・・・』と答えた気がする。
 初めは、どうして私の名前を知っているんだろうかと思った。
 でもすぐに答えは出せた。そうだった、この人は警察の人なのだ。
 すると呂嘉さんはまたあのセリフを言った。

『落ち着いて聞いて下さい』

 その時、あぁなるほどなと思った。確かにそのセリフは必要だと。
『お母様とお父様・・・そしてお母様のお腹におられました息子さんは、お亡くなりになられました』
 小学生でも分かるようにあえて実の部分は直接的な言葉を使ったのかもしれない。
『ご不幸が』なんて事は1度も言わなかった。

 あの言葉は、一生忘れない。
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