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□私は女に見えますか
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「これは化けたな……」
「ダーリン、失礼よ」


 それにしても綺麗ね、とリリスがころころ笑う。鬼灯は丁寧に礼を言ってから何となしに会場を見回した。パーティーというものは初めてで、勝手が今一分からない。周りと適当に話すらしいが、ここは日本。コミュ障――奥ゆかしい人の国である。


「いやお前は奥ゆかしくないだろ」
「おや、声に出ていましたか」
「何をしたらいいか分からないなら、とりあえず壁の花になっていたら? すぐ男が寄ってくるわよ」


「コイツが花?」と本気で眉をひそめているベルゼブブを引っ張り、リリスは閻魔のところへ行ってしまった。鬼灯は壁の花とは何を指す隠語なのだろうと頭を捻る。壁、とあるのでとりあえず壁に行き、凭れた。


「……そういえば、お香さんがいませんね」


 どこを見ても、彼女の浅い縹色の髪は見つからない。誰かに物陰に連れ込まれていないだろうか。不安になってきて、壁から背中を離す。と、目の前に白い物体が現れた。最近多い。しかし今回はぶつかってこなかった。


「初めまして、レディ・鬼灯」


 背の高いその男は穏やかな口調で己の名を告げた。柔和な笑みだが、仏頂面や憤怒の顔が多いベルゼブブと外交でよく話す鬼灯からしたら「コイツ何でこんな笑ってんだ」である。
 パーティーは初めてかと聞かれ、素直に頷く。まさかどうしたらいいか分からないとは言わない。調べたがパーティーのマニュアルはあまりなかったのだ。
 一体どうしたものかと舌打ちを堪えていると男が増えていく。


「レディ・鬼灯。お噂はかねがね」
「まさか地獄のNo.2がこんなに綺麗な人だとは」
「ジャパニーズ・ビューティー……っ」
「初めてで緊張していることでしょう。ぜひ私がエスコートを」
「いや私が」


 だんだんと男でできる輪が狭まっていく。体に触れるくらいの狭さになったらどうすればいいのだろう。後ろは壁だ、逃げられない。
 この積極性は見習うべきかと悩んで現実逃避する。残された逃げ道は頭上だが、こんなところで跳躍はできない。
 こちらは一言も返していないのにまだ喋る男達が、いい加減触れそうな距離に近づいてきた。何の策も浮かばないでいると、横からぐい、と腕を引かれる。


「申し訳ありませんが」


 耳に飛び込んだのは、ここにいないはずの男の声だった。驚きのあまり目を丸くしてしまう。
 男の輪から引っ張り出された鬼灯の肩を抱き、白澤はにこやかに告げる。その手の力強さに不覚にも鼓動が大きくなった。


「彼女には先約がいますので」


 行こう、と優しく手を取られる。らしくなさすぎるソレに鳥肌が立った。
 どこへ行くのかと思いながらも大人しく連れられて行くと、外へ出た。堅苦しい人がいないからか空気が軽くなる。


「鳥肌って酷くない?」
「あまりにらしくないことをするからです。……というよりその格好……いえ、何故ここに?」


 白澤は、神代の頃のような格好をしていた。白い上衣に、草色の裳。簡単に裂けてしまいそうな白い帯。裳と同じ色の襟や袖口からは淡い萌黄色のひらひらが出ている。頭には白い領巾を巻いていた。正装なのだろう。


 正直に言おう、心の中でだが。格好いい。


 白澤が懐から封筒を取り出した。見覚えのあるソレは、招待状だ。よく見るとお香の名が書いてある。


「お香ちゃんが桃タロー君経由でくれたんだ。『鬼灯様はあの格好で出席します』の伝言と一緒にね」


 薬の受け渡しの際になされたのだろう。拳に力が入る。


「そんな……こんなのを出席させる代わりに、お香さんが……」
「失礼だな……。それ、桃タロー君も言ったみたいでね。『鬼灯様が幸せになるのなら、その方が余程いい』ってさ」
「こんなのが出て私が幸せになれるとでも言うのですか、お香さん……」
「お前なぁ、……そのお香ちゃんの顔を立てて、正直になってやるよ」


 呟かれた言葉はボソリとしすぎていてよく聞こえなかった。
 聞き返す前に、白澤がやけに強い目をしたのでつい黙ってしまう。その目は閉じられ、同時に溜め息を吐かれた。


「だからやめた方がいい、って言ったんだ」
「は?」
「こうなるだろうと思ったよ。案の定だ」
「もっと脈絡ある文にしてくれませんか」
「だから!」


 怒鳴るように言った白澤は、口を閉ざしてその先を言わない。表情を様々に歪めて百面相し、苛々と頭を掻いている。そして肩を落として目も下に向け、絞り出すように言う。


「……綺麗だから、男が放って置かないから、やめとけって言ったんだよ」
「綺麗? 誰がです?」
「お前だよ! 状況から察しろよ!」
「仮装だとか言って豚みたいに笑ってきた白豚に言われても、そりゃあ分かりませんよ」
「ぐ……」


 白澤が歯噛みする。焦れったそうだ。
 鬼灯は、自分の胸に何かあるのを感じた。数時間前、桃源郷への道中で踊っていたものだ。
 期待なんてするだけ無駄。分かっている。なのに抑えられない――それも、分かっていることだ。


「……白澤さん。私って、何です?」
「は? お前はお前だろ」
「私のこと……女性だと思えますか?」
「っ……」


 白澤の顔が朱に染まる。口を手の甲で隠して、視線をあちこちにさ迷わせて。
 きっと、また笑われても期待してしまうのだろう。その苦しさに俯きたくなるのを堪えて答えを待つ。
 手の甲を口元にやったまま、視線は逸らしっぱなしで、白澤が言葉を紡ぐ。ひどく揺らいだ声で。


「僕ってさあ、女の子の中でお前にだけ……素直に、なれないんだ」


 途切れ途切れに言う白澤は白亜期生まれとは思えない。少年のようだ。
 黒目が動いてこちらを捉える。こちらの頬も微かに熱い。真正面の白澤が不思議にも赤面しているから、ということにしておいてほしい。


「……お前も、同じだったりする?」
「…………そう、ですね。同じです」


 貴方にだけ、素直になれない。


 白澤の肩の線がなだらかになる。いつからか力を入れていたようだ。
 またこちらを見ない白澤から、手が差し出される。がっしりはしていないが男だと分かる手だ。さっき、男達の中から自分を助けだし、肩を抱いた強い手。


「戻ろっか」
「はい」


 手のひらに手のひらを重ねる。恐々握ってくるのは、バルスが怖いからだろうか。


「これからはパーティーする時、僕も呼んでね」
「EUと日本の親睦パーティーになぜ中国産豚を招かなきゃいけないんですか」
「いや豚じゃないから神獣だから。呼んでよー今日みたいなことあったら困るでしょ?」


 これが夢だったらどうしようかと不安になる。もしそうなら立ち直れるか不安だ。しかし、重ねた手のあたたかさは確かに現実だった。

 これだから、期待することはやめられない。















* * *
まだ付き合ってません。まだ付き合ってません。
鬼灯様がただの素直じゃない鬼女になってしまった感満載です。というよりデレすぎです。

 
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