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□呼び出し
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 人気がない下駄箱で、辺りを見回しながら歩く。差した朝日が埃を浮き彫りにしている。
 目当ての靴箱の前に立つ。貼られたテープに書いてある出席番号は自分が割り当てられたものではない。つまり、他人の靴箱だ。
 蓋の取っ手に手をかけ、引っ張る――


「――人の靴箱に何してんだ」
「えっ、うわっ!」


 後ろから襟首を掴まれ、引っ張られる。首が絞まった。
 背後にいる、白澤が開けようとした靴箱の持ち主は、手を止めずに怒った声で続ける。


「何しようとしたんです? 画鋲でも入れようとしましたか? それとも不幸の手紙?」
「ご、ごめんごめんだから離して息が……っ」
「鬼灯様、本当に窒息しそうよ」


 意識が遠退く中聞こえた声のお陰で解放される。三途の川が見えたが声の主は天使だ。絶対にそうだ。咳き込みながら見てみる。


「お香ちゃぁん! やっぱり天使だったー!」
「何の話かしら……?」
「天使だと思ったらやっぱり天使だった話だよ!」


 説明したが困惑気味のお香を口説きながら、靴をはきかえる。女子を口説くのはもはや習性と化していた。


「くだらないこと言ってないで私の靴箱に何をしようとしたのか言いなさい」
「いでっ」


 真後ろからなかなか固いもので殴られる。多分鞄だ。振り返り、朝から不機嫌に顔を歪めた鬼灯にニタニタ笑う。


「間違えちゃっただけだよー。被害妄想激しいんだから」
「あら、てっきりラブ――」
「わあああお香ちゃんお願い黙って!」
「うるさい」


 大声でお香の声を遮ると、またも鬼灯に叩かれた。じんじんする後頭部を押さえ、二人と一緒に歩き出す。
 無人の廊下を並んで進む。外から朝練の運動部の声が、校舎内――恐らく音楽室からは、同じく朝練の吹奏楽部の音が聞こえる。大会と試合が近いこの二つの部以外は、テスト期間ゆえに活動を停止している。


「貴方なんでこんな早くに来ているんです?」
「早起きしたからね。それでお香ちゃんに会えるなんて、三文どころの得じゃないなあ」
「ええと……ありがとう」


 それより、と二人が早くに来た訳を聞く。二人とも普段は予鈴の十分前に来るのだ。それが揃ってこんな時間に。若干妬ける。
 自分で考えろ能無し、とにべもない鬼灯の代わりにお香が答えてくれた。


「日直なのよ、今日」
「ああ、そういえば……」


 二人は出席番号が前後しているから、二人一組の日直でペアになるのも不思議ではない。自分も「か」か「き」から始まる名字なら鬼灯と一緒になれたのにと残念がる。
 二階に上がったところで鬼灯が渡り廊下を進みだした。自分達の教室はこちら側なのにだ。


「あれ、どこ行くの?」
「職員室。日誌を取りに」
「じゃ僕も一緒に――」
「来んな」


 ギロリと睨まれ、つい涙目になる。気持ち悪いですと言い捨て遠くなる背中を見ると視界がぼやけた。


「あまり気になさらないで。鬼灯様、朝に弱いから……」
「何ソレ初耳! くそう、僕だって鬼灯押し倒して朝を迎えてたら気付けたのに……!」
「随分明け透けね……」


 呆れたように笑うお香と歩く。可愛い子と二人きりなのは嬉しいのだが直前に鬼灯に邪険にされたせいであまり喜べない。


「貴方が鬼灯様を好きなのかわりと疑わしかったのだけど、心配いらないみたいね」
「え、女の子口説くのはカモフラージュじゃないよ」
「……。それでもよ。だってラブレターをチェックするために早く来ているのでしょう?」


 女子は鋭い。自分はただ、鬼灯の靴箱を開けただけだったのに。
 ラブレターチェックは毎朝の日課だ。靴箱を開け、手紙があれば送り主を確かめる。女子ならそのままにしておく。だって無視されたと思いショックを受けるだろうし、鬼灯が無視する奴だと思われるし。男だったら、燃やす。
 内緒にしてねと人差し指を唇の前に立てると、お香は曖昧に笑って頷いた。


「気障ったらしい仕草しないでください吐き気がします」
「いてっ」


 膝かっくんにしては強すぎる衝撃を膝裏に受け、バランスを崩す。女子の前で尻餅をつくわけにはいかず、何とか持ちこたえた。


「別に気持ち悪くないだろ!? 眠いなら僕が膝枕してあげるから頑張れよ!」
「貴方の所作は何もかも気持ち悪い、というか存在がもう……。膝枕は死んでもお断りします」


 確かに膝枕はするよりしてもらいたい派だが。
 罵り罵られ取っ組み合い、静かな廊下を騒がしくする。それは、すれ違った教師にうるさいと注意されるまで続いた。



* * *



「あれ、お香ちゃん一人? アイツは?」


 掃除を終えて教室に戻ると、お香が一人、机に向かって日誌を書いていた。鬼灯もお香も掃除の場所が教室なので、戻って来ていないということはない。
 シャーペンを止めて顔を上げたお香がこちらを見る。


「帰っちゃった? お香ちゃんに任せて帰るとからしくない……用事でもあるのかな」


 風紀に厳しい鬼灯だが基本的には優しい。ドSだが。そして女子に紳士的である。休み時間の板書消しも、自分がやってお香には黒板消しのクリーナーがけを任せていた。


「鬼灯様なら呼び出されたわよ、顔を真っ赤にした男の子に」
「……え」


 どさ、と手から鞄が滑り落ちた。体と思考が同時に硬直する。
 鬼灯が、男に呼び出されてどこかに――


「ほ、鬼灯の貞操が……!」
「オープンすぎよ」
「僕がもらうか奪うかするのに!」
「奪うのはやめなさいね」


 こうしてはいられない。脳内では、薄暗いところで誰かに押し倒される鬼灯が浮かぶ。相手を某見た目は子ども頭脳が大人アニメの犯人で想像したので、まるで命の危機である。鬼灯が「助けて、白澤さん……っ」と目を潤ませている。


「ちょっと行ってくる! どこに行ったの、っていうか相手誰!?」
「行き先はちょっと……柔道部の主将よ、たしか」


 隣のクラスの奴だ。自分や鬼灯よりは小さいが高身長、そしてガチムチ。妄想にリアリティーが増した。
 無闇に走り回らずに場所を推測する。校舎にはそこら中に教室を利用する吹奏楽部がいる。校庭は野球部。裏庭か体育館か。裏庭の場合、屋外なので危険は少ないだろう。体育館から見ることにした。


「ありがとお香ちゃん! 行ってくる!」


 荷物を床に落としたまま廊下を走る。嫌な予感が胸でムクムク育つ。
 体育館に着く頃には息が切れていたが足を緩めず中に飛び込んだ。誰もいない。無人の体育館、だが、倉庫から声がした。内容はまるで分からないが、鬼灯の声だ。


「今助けるからね……!」


 閉められている扉に駆け寄り、取っ手に手をかける。鍵がかかっているかと思ったが開いていた。一気に開ける。


「鬼灯! …………………………あれ?」


 目をぱちくりさせる。倉庫の中は白澤が思っていたものとかなり違っていた。


「ほら、この私がせっかく貴方なんかの汚いブツを踏んでやっているんです。もっと喜びなさい」
「はっ……はい……! ありがとうございます鬼灯様!」
「まったく、こんなに硬くして……このド変態が」
「あああありがとうございます!」


 鬼灯は、床に手をつき重心を後ろにやって座る男の息子を踏んでいた。男――柔道部の主将は恍惚とした表情をしている。
 白澤に気付いた鬼灯が主将に四つん這いになるよう命じた。命じられた通りにした主将の背に座り、こちらを見る。


「何の用です?」
「お前が男に呼ばれたって聞いたから心配して来たんだよ! 何やってんのお前!」
「虐めてほしいと言われたので」
「はあ、はあ、鬼灯様のお尻……」
「お前ちょっと黙れ、てか出てけ!」


 鬼灯の腕を引っ張り引き寄せ、主将を蹴り出す。扉を閉め、鍵がないのでつっかえ棒をかけた。
 ぶん、と腕を振り払われる。睨まれたがビビらない。こっちだって怒っているのだ。安堵とごっちゃになっているせいで実感はあまりないが。


「何浮気してんのさ! 断れよ」
「自分だって女性口説いたりしてるくせに……ああ、堂々とするならいいってことですか」
「僕は一緒に遊んだりするだけでセックスはしてない」


 口に出して初めて、これってわりと酷いことなんじゃと思う。案の定鬼灯の険が増す。


「私だってそこまでする気はありませんでしたよ。踏んだり蹴ったり罵ったりするだけで」
「それABCのB段階……とにかく金輪際するなよ。呼ばれたら僕に言え」
「命令すんな。大体、何故私だけ指図されなきゃいけないんです」


 憎々しげに睨まれる。こちらに注がれる鬼灯の目は、殆どが険しいものだ。けれど今は何か違う。


「お前、怒ってる……? 僕が女の子と遊んだり、口説いたりして」


 返事は無言だったが、否定しないあたり正解なのだろう。鬼灯もそれを悟ったらしく舌打ちする。
 思いがけない事実に先程の怒りが霧散した。鬼灯から好意を感じたのは、告白を受け入れてもらえた時以来か。


「じゃ、じゃあ、もう女の子と遊んだりしない。それじゃダメ?」
「口説きはするんですか」
「お前が動物モフるのと同じ感覚だよ」


 性欲の対象ではあるがそういうことはもうしないし、恋愛の対象ではない。愛でる対象と言えば分かりやすいだろうか。
 少なくとも鬼灯には伝わったようだ。舌打ちの直後溜め息を吐いてきたが、顔つきはミリ単位で和らいでいる。


「……戻りましょうか。きっと、お香さんが待っています」
「あ、今日僕んち泊まんなよ! 朝チュンしたい! 寝ぼけ眼のお前見たい!」
「…………」


 大嫌いな豚(人間型)を見るような目で見られたがめげない。腹に一発食らったがめげない。
 帰り道、引っ張った手首は振り払われた。通常運転だ。だがもう一度引っ張る必要はなくて、それで十分伝わった。














* * *
白鬼で学パロ、でした! 鬼灯様書くの滅茶苦茶難しいですね…! そしてなかなか薄い本が厚くなる展開にならない…いやこれはこれでオイシイです。

 

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