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□すきをプレゼントに
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祝われるものではないと思っていた。俺は産まれて来なければ良かったとさえ、思っていたのだから。
+++すきをプレゼントに
「誕生日パーティ、ですか」
「うん、獄寺くん来週誕生日でしょ?」
「は、はい」
「みんな呼んで山本ん家貸し切りにしてお祝いしようって」
思ったんだけど、どうかな?と、十代目は優しく微笑まれた。俺は十代目のお優しさに感動して泣きそうだった。
けれど、
「…俺なんかの為にそんなこと、されなくて結構です」
「え?」
「誕生日祝ってもらうとか、そういうガラじゃないですし…だから、その、」
十代目がそのようなことを考えて下さっただけで十分です、とお断りすると十代目は少し残念そうに(十代目にそんな顔をさせてしまった自分が情けねえ)獄寺くんが嫌ならしょうがないよねとおっしゃった。
嫌というよりも、本当にそんな日ではないんです、十代目。俺が産まれたことは喜ぶべきことでは、ないんです。
*
十代目は委員会で先ほど屋上を後にした。残された俺はなにともなしに空を眺める。
昼寝でもしようかと思っていたら横にいた(どっか行けばいいのにと思う)野球馬鹿が話しかけてきた。
「なんで誕生日パーティ断ったの?」
「必要ないから」
誕生日(という忌々しい日)はもう2日後に迫っていた。俺としては極力避けたい日ではあるのだが、山本はどうにかしてその日を祝いたいらしく、事あるごとになんで?どうして?としつこく聞いてくる。
「どうして必要ねえの?」
ほら、まただ。こいつに俺の生い立ちなんぞ話してやるつもりなんてないから俺はそこで口を閉ざす。何も話さないのが得策だと分かっている、そうすれば奴は恨みがましく俺を見てため息をついて諦める。
でも今日は違った。
「…嫌な思い出でもあるの?」
きっとなんとなく呟いただけなのだろう山本の言葉に過剰反応してしまったのが俺のミスだ。
山本の言葉を引き金に、頭の中のビデオテープは巻き戻しされて、再生。俺は吐き気を覚えた。くそ、気持ち悪ィ。
そばにあったミネラルウォーターを一気に飲む。いつもそうしてきた。一時的なものだ、この感情はもう俺の心の端っこに追いやられている、
全部、飲み込んでしまえ。
「でもそれは、良くねえって」
「…なに」
まるで俺の心を読んだかのようなタイミングで山本は口を開いた。俺は跳ねる心臓を必死に落ちつけようとする。
「嫌なことがあったんなら、良いこともあるだろ」
ニッと笑いながら山本が俺の頭をぽんぽんと軽く叩いた。いつもならやめろと払いのけるその手を何故か今日は、払えなかった。
「……ってか獄寺、暇なんなら…誕生日、俺んち泊まんねえ?」
なんで頷いてしまったのか、自分でもよく分からない。
**
「…お邪魔、します」
「そんな改まんなくていいからさ、ほらこっち」
山本の家に来るのが初めてというわけではないのに、なんだか妙に緊張している自分がいることに気がついて、落ち着け、馬鹿、と自分を叱責する。
でも来ることはあっても、泊まるのは初めてなのだ。
山本の部屋に行くのも初めて、いつもはカウンターで寿司食べて帰るから、店の二階に続く階段の先なんて知らない。
「狭いけど適当にくつろいでな」
「あ、ああ」
どうにも落ち着かない。他人の部屋というだけでこんなにも落ち着かなくなるものなのだろうか?
(でも十代目の部屋は居心地がいい)
壁に貼られたポスター(誰か知らないけど野球選手だ)、端に置かれたエナメルバック、散らかった勉強机。(勉強なんてしないんだろうな)
初めて目にする山本のものたち。決して大きくはない部屋だけど、部屋の主がどんな人物が見てとれる部屋だ。
「そんな珍しい?」
いつの間に戻ってきたのか、コーラを持った山本が俺の後ろで笑いながら言った。きょろきょろと部屋を見回していた俺はガキっぽく見えたかもしれない。なんだか恥ずかしくなって俺は別に!と山本を睨んだ。山本は笑っている。
他愛のない話をしていたら夜になっていて、山本は寿司持ってくる!と下へ降りていった。俺はこんなに長い時間山本と話していたのかと驚いた。いつも喧嘩ばかり(といっても俺が一方的に山本にキレているだけなのだが)しているのに今日は山本にキレることもなかった。
(おかしいだろ、今日の俺…)
そうさせているのは今日という日か、この空間か。もしくはどちらもなのかもしれない。
「獄寺の誕生日だしいちばん高いのにしたぜ」
山本の声で現実に引き戻される。やっぱり来たときのそわそわした気持ちが拭えない。
帰りたい―――こんなよく分からない気持ちになるなら家に帰って寝ているほうがましだ。
でも、ひとりでぼうっと過ごす誕生日よりもこうして山本と過ごす誕生日も意外と、楽しかったりもするのだけど、と思って、そんなことを思ってしまうほど山本のペースにのせられている自分に苦笑する。
だから、楽しむべき日ではないのだって。
「食わねえの?」
「ああ、食う」
いちばん高いの、というだけあって寿司の味は最高だ。
でも、やっぱり寿司を食べたら帰ろうか…と思っていた時、山本がなんとも形容しがたい笑みを浮かべながら言った。
「実は、それ握ったの俺なのな」
「へえ、山本にしてはやるじゃねえか」
おいしいと素直に告げると山本は少し頬を赤らめた。きっと褒められて嬉しいのだろう。分かりやすいやつ、と思ったことは山本には言わないでおく。
「あのさ、獄寺、俺…」
「山本、俺このあと…」
偶然重なった声がおかしくて笑うと、山本は獄寺先良いよ、と頬を赤らめたまま言った。寿司がうまいと言っただけなのに単純だなと思いながらさっき言いかけた言葉を言うと山本は目を見開いた。
「俺やっぱ寿司食ったら帰るわ」
「え…なんで?あ、もしかして楽しくなかった?」
何故か焦っている山本に楽しくなかったわけではないと言うと山本はじゃあ何で?と聞いてくる。
多分…こそばゆいのだ。誰かに自分の誕生日を祝ってもらうということが。慣れていないから尚更。きっと山本の部屋に入ったときから感じていた落ち着きのなさもそれだ。
そう山本に言うのもなんだか躊躇われる。適当に理由作って帰ろうと思っていた矢先、
山本に、抱き締められた。
***
「え、ちょ、山本…?」
わけが分からない。そんな抱き締めるような流れになった覚えはなかったのだけれど。
「…獄寺、気付いてくれねぇんだもん、」
めっちゃ頑張ってたのに、と呟く山本の声はちょっと震えていてびっくりした。
「えっと…山本……?」
「俺、獄寺のこと、すき」
耳元で内緒話をするように告げられた言葉は俺が考えもしていなかったもので、山本はそっと身体を離すと俺の目を見て、少しはにかんだ。
「もし良ければ…付き合って欲しいなとか…」
「え、お、俺…そういうの、」
あまりにも突然な告白に俺はなんて答えれば良いのか分からない。そもそも、好き、が分からない。山本と一緒にいたのは楽しかったけれどそれは、友人として?
「じゃあ、獄寺」
そっと山本の顔が近づいてきて一瞬、視界が山本で埋め尽くされた。唇に温かな感触。何をされたか分かった瞬間、俺は顔から火を吹き出しそうなほど赤くなった。
「今の、嫌だったら、諦める…でも、嫌じゃなかったら……」
付き合って、と呟く山本、らしくないなと思った。唇はガサガサしていて、熱かった。さっき俺を抱き締めた山本の身体はどこか強ばっていて、とても、緊張していたんだろうなと思う。
「…やじゃない」
俺が山本のことを好きなのかどうかはまだ良く分からないけれど、少なくとも、さっきのキスは嫌というより、むしろ…
真っ赤になってうつむいた俺を再び山本が抱き締めた。ありがと、と言ってぎゅうぎゅうと抱き締めてくる。
「あ、獄寺」
「…なんだよ」
「俺、今日獄寺に告白しようっていうのでいっぱいいっぱいで忘れてた」
「…何を」
山本は笑いながら俺の手を握った。幸せそうに微笑みながら言われた言葉。
泣きたいくらい、幸せだと思った。
「産まれてきてくれてありがとう、獄寺」
end
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