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□にがくて、あまくて。
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「酸性は酸っぱくて、アルカリ性は、にがい?」
「……でも実は違う」
「え?なんで?」
「アルカリ性で感じる苦味は自分の舌が溶けた味だ」
―――――にがくて、あまくて。
初めてそれを聞いたとき、俺はとてもびっくりした。
アルカリ性は、たんぱく質を分解してしまうのだそうだ。ああだからこの前の実験で水酸化ナトリウム水溶液(薄めてあったみたいだけど)を触ったとき、手がぬるぬるしたのか。獄寺曰く、あのぬるぬるは指が溶けていたぬるぬるらしい。
昔の泥棒とかはそれを使って指紋を消していたのだとか。ちょっとこわい。
「アルカリ性より酸性の方が怖いと思ってたのな」
「だったら弱酸性の石鹸が売れる訳ねぇだろ」
「なるほどなー」
今は6時間目の国語。……の予定だったけど俺と獄寺は屋上でサボり。5時間目の理科の復習をちらほら。復習というよりも理科っぽい話をしているだけ?だって先生は昔の泥棒の話なんてしてくれなかった。獄寺と話す理科の話はおもしろい。
「ちゃんと聞いてないだろ、お前」
「ん?獄寺の言うことは一字一句聞き漏らさないぜ?」
「じゃあアルカリ性はなんで苦いの」
「えー、と、苦いから?」
「……答えになってねぇよ」
教えた意味なかった、と呟きながら煙草を取り出して火をつける、くわえる。
流れるような動作はいつ見ても綺麗で、見とれてしまう。煙草は体に悪いんだけどな、獄寺が煙草を吸っているのを見るのは好きだから止めてと言えない。
獄寺の綺麗な唇から煙が吐き出される。赤くて形の整ったくちびる。
あー、キスしたい。
ほとんど衝動的にそう思った一秒後には獄寺の口から煙草を外して獄寺の唇に自分のそれを重ねていた。
「んん、ん……!」
獄寺は、最初は少し抵抗したけれど、諦めたらしく力を抜いた。
いい気になって舌を絡めると、獄寺も舌をおそるおそる出してきたから調子に乗って深く深くキスをする。
獄寺の舌は、直前まで吸っていた煙草のせいか、苦かった。キスが深くなるにつれ、苦さも増してきたが、それと同時に二人の舌が溶け合って一つになってしまったような錯覚を覚えた。
『アルカリ性で感じる苦味は自分の舌が溶けた味だ』
獄寺はアルカリ性なのかな、なんてあり得ないけれど。キスが苦いのは二人の舌が溶けた味?なんて。
ぷは、と口を離すと頬を真っ赤に染めた獄寺が金魚みたいに口をぱくぱくさせていた。
いきなり何すんだ!と真っ赤になりながら掴みかかってきたけれどその照れ隠しも可愛い。
「ね、俺らきっとアルカリ性なのな」
「は?」
「溶けたみたいじゃん、苦いしさ」
「ば、かじゃねぇの」
「はは、俺馬鹿だからさ、もう一回」
「え?」
アルカリ性かどうかを確かめるためにもう一度、いや何度でも良いから、苦くて甘くて、温かなキスをしよう。
end
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