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□その気持ちの行く先は
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「シャマル」
「んん?」
「俺はシャマルが好きなのかもしれない」
思わず飲んでいたコーヒーを吹いてしまった。…好きだと?
「なぁ、シャマル、好きなんだよ、俺」
「…どういう意味合いの」
「ラヴ」
「いや、ライクだろう、大人をからかっちゃいけません」
「からかってなんかない…」
俺の事を見つめてくる瞳が本気なのは分かる、伊達に主治医してないから。
―――でも、違う。
こいつが俺に向けている感情は間違いなくライクだ。
そう、それは父親が好きだという感情にも似た、“好き”。
父親の愛情を受けなかったこいつはいつからか俺を父親と重ねていたのかもしれない。俺もそれで良いと思っていた。愛を知らないのは哀しいことだから。
「シャマル、俺、本気なんだよ、分かるだろ?」
だけど俺は隼人の本当の父親にはなれはしない。そこが、隼人の“好き”を混乱させる。
「シャマル、真面目に聞いてくれよ」
そして更に言えばこいつは一種類の“好き”しか知らない。
俺や母親から与えられた、“好き”。
こいつは幼いうちから裏の世界に入りすぎた、故に恋愛感情を知らずにここまで成長してしまった。両親ではなく、他人に向ける、“好き”を。
隼人は無意識のうちに俺を父親と認識しているにも関わらず、意識的に俺を他人と、つまり恋愛対象と見ている。
そのせいで俺に向ける“好き”がどのような“好き”なのかが分からずに、混同させてしまう。
「隼人、お前勘違いしてるぞ」
「勘違いなんかじゃねぇ…好きなんだよ、シャマル」
でも、こいつにそのことを話して良いのかが、分からない。
好きだと思っている気持ちが真っ向からその気持ちは別物だと断言された時。
こいつは壊れてしまわないだろうか―?
煙草に火を付けてくわえる。あぁ、俺も臆病だ。
「シャマル、頼むから」
泣きそうに瞳を揺らがせる隼人はやはり脆く見えた。
まるでこの恋に全てを懸けているような、儚さ。
「悪いな、俺は隼人の主治医だから、それ以上でも以下でもない」
「シャマ……ル」
俺なんかを恋愛対象にするなよ、と言いたかったが、俯いて肩を震わす隼人にそれ以上の苦痛を与えたくなかった。
あぁ、やはり俺は臆病だ。
「悪かった、…その、一時の気の迷いだ、から」
またベッド貸せよな、と言って泣いてんだか笑ってんだか分からないような、複雑な顔を俺に見せて隼人は保健室を去っていった。
お前は、自分を守るために俺を好きになったのか、隼人。
自分の中の“好き”が壊れる前に早く新たな“好き”を見つけろ、お前は気づいてないかもしれないけど、今のお前は沢山の愛に囲まれて生きているんだから。
保健室で一人呟いた言葉は煙草の煙と一緒に空気に溶けていった。
end
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