いつかかえるところ
□07《儚い安らぎ》
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講義が終わったことを告げる鐘が魔導院に響き渡る。
クラサメはゆめの誕生日の事を考えようと、静かな裏庭を目指した。
裏庭へ入ると、突き当たりにあるベンチに腰を落とす。
物思いに耽るにはちょうど良い環境と静けさだ。
ふと左手にある墓地の方へ目をやると、木陰に丸まった背中が見える。
女子候補生の制服を着ている。
あの髪の毛と雰囲気はゆめだ。
こんなところで偶然出会えたことを、クラサメは嬉しく思っていた。
一体そんなところで何をしているのか。
クラサメはゆめに声をかけようと歩み寄ったが、どうやら1人ではないようだ。
何かに話しかけている。
クラサメはそれを確かめようと、そっと足音を忍ばせ彼女の背後に接近した。
その時
「きゃっ!!?」
「わっ!!!」
クラサメがすぐ背後に接近していたところに、ゆめが不意に立ち上がった事でふたりはぶつかり、よろけたゆめの身体をクラサメが支えた。
その形は、クラサメがゆめを抱きしめているようだ。
「クラサメさん!?あのっ!ごめんなさい!すごくごめんなさい!!」
ぶつかった相手がクラサメだと知ったゆめは、今の状況に赤面する。
「あっ、いや!ごめん!俺が悪かったんだ!」
クラサメの方も、事故とはいえゆめの身体を抱くように支えていることに恥ずかしさを隠せず、赤面しあちこちに目を泳がせている。
「キミが誰かと話をしてるみたいだったから、何かと思って近づいてみたら、その……ごめん」
「そ、そうだったんですねっ。ごめんなさい、急に立ったりして」
クラサメとゆめはどちらともなく離れると、あたふたと落ち着かない様子だ。
その沈黙を破ったのは、先程ゆめと会話をしていたと思われる、あいつだった。
「にゃー」
そいつは茂みから現れ、ゆめの足にすり寄った。
ゆめはその猫を抱き上げると、愛おしそうに頭を撫でてやる。
猫は気持ち良さそうに喉を鳴らすと、目を細めてゆめの胸に身体をうずめた。
「猫、だったのか」
「はい。最近ここに来るようになって、ちょっと仲良くなったんです」
ちょっと、とは言えないほど猫の方はゆめに懐いているようだ。
猫のやつ、気持ち良さそうな顔して…ちょっと羨ましいな…。
「そうなのか。猫、かわいいな」
クラサメもその猫の頭を親指の腹で優しく撫でるが、当の猫は閉じていた目を開き、敵意を向けているような顔でクラサメを見た。
こいつ…雄か…。
新たな手強いライバルが出来てしまったようだ。
「それでですね、たまにこの猫ちゃんに缶詰あげるんです。でも兵站局から勝手に持ってきちゃってるやつだから、内緒ですよっ?」
「しーっ」と口元に人差し指をあてて、いたずらっ子のような顔をして笑っている。
真面目人間かと思っていたが、こんな風におどけて見せる姿もあるのかと、クラサメは少し嬉しさを見せた。
その笑顔に釣られてクラサメも笑顔になる。
「はははっ。分かったよ、ふたりと一匹の秘密だ」
顔を見合わせ微笑むと、クラサメは大木を背に木陰に座り込んだ。
ゆめも猫を抱いたままクラサメの隣へ腰を下ろす。
「クラサメさんは、動物好きですか?」
「ああ、好きだよ。あんまり触れ合ったりしたことはないけどな。」
「わたしも好きです。特に猫が大好きで、気分屋なのに甘えん坊で、たまに物凄く甘えてくる所とか。鳴き声とか。とにかく好きです」
そう言いながらゆめは膝に抱いた猫を優しく撫でている。
「見ていてわかるよ。それに猫もこんなに安心しきってる。猫好きだって分かるんだろうな。」
猫は気持ち良さそうに目を閉じ、すやすやと眠っているようだった。
そんな猫の様子を見ていたら、クラサメの目も虚ろになってくる。
もうすぐ夕刻になろうというのに、今日は陽気が良く、陽は暖かく風は涼しい。
だんだんと眠りに誘われてしまっていた。
「クラサメさんて、なんだか猫に似てるかも。髪の毛ふわふわな所とか、雰囲気とか…」
やけに静かだな、と思いクラサメを見ると、木に背中を預けすやすやと寝息を立てていた。
「ふふ…。やっぱりそっくりだな」
ゆめは膝で寝る猫とクラサメを交互に見ると静かに呟き、自分も同じように木に背中を預け、瞳を閉じた。
そしていつしか眠りに落ち、ズレだ
ゆめの頭はクラサメの肩に寄りかかっていた。
あまりにも幸せそうに寄り添い眠るふたりと一匹のその姿を、偶然目撃してしまった候補生たちが何人かいたようだった。
そしてまた噂に火がつき、魔導院を騒がせたようだ。