いつかかえるところ

□10《キミとの平行線》
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「クラサメさん…」



ゆめはぼんやりと彼の残像に意識を奪われた。



「あ、いけない。仕事、しないとね…」



ゆめはにゃんサメを見つめながら物思いにふけると、それから気を引き締め直し、職務に当たった。







ゆめのいる医務局とは、傷ついた候補生たちを治療する場所であるが、それだけではない。

各地戦場へ赴き、現地でも任務を遂行するのだ。
4組候補生たちや医務局員たちを指揮し、その治療にあたる。
4組は主に戦場の中で治療を行うが、医務局員は主に戦地のキャンプで行う。

いくら戦場から少し離れたキャンプと言えど、戦地であるからには危険は付き物。
医務局と聞くと、魔導院内で治療を行うだけの安全な仕事と思われがちだが、実際はそうではなかった。



クラサメももちろんそれは知っている。
ゆめが医務局へ行くことを知った時、適任であると思った反面、いつ命を落としかねないと思うと気が気でなかった。

いつも誰かを護ろうとするゆめ。
そのゆめを護れるのは誰なのか。
未だクラサメは恐怖心が消えず、誰かを護る気持ちに向き合えずにいた。

そしてあの時、闇雲にゆめを突き放してしまった事を悔やんでいる自分もいた。

ゆめの事を護りたい。救いたい。
だが同時に襲い来るのは、失う恐怖。

クラサメがその想いに目覚めるには、まだ時間が必要なようだ。











ーーー



午後のリフレッシュルーム。


候補生たちに混じりながら、ゆめは軽食を購入していた。


クラサメさん、ちゃんとご飯食べてるのかな。いつも仕事ばっかりだし。ちょっと多めに買おうかな。
サンドイッチ、好きかな。
おにぎりの方が好きかな。
あ、でもやっぱりこっちの方が今はいいかも。


ゆめは野菜たっぷりのサンドイッチと、2人分の紅茶を手に士官室へと向かった。





コンコン

「ゆめ • 見たいよです。失礼します」


扉を開け中に入るが、クラサメの姿は見当たらない。



「あの、クラサメ士官はお出かけですか?」



士官室にいた武官に声をかける。



「クラサメ士官なら、なんか缶詰めを持って何処かに行ったぞ?」


「缶詰め…。そうでしたか、ありがとうございます」



ゆめはその武官に頭を下げると、思いついた場所へ一目散に駆け出した。


缶詰めって、もしかして猫ちゃんかな。





そして着いた場所はもちろん裏庭。

ゆめは足取りを緩め、いつも猫ちゃんがいる木陰を目指す。


角を曲がると、あの木の近くのベンチにクラサメが座っていた。
足元には猫ちゃんがいる。

ゆめはゆっくり近づく。

クラサメの方もゆめに気付き、視線を交わせた。



「ああ、ゆめか。お疲れ様。座ったらどうだ?」


「はい。お疲れ様です。では、お隣失礼します」



ゆめはクラサメの隣へ腰かける。



「クラサメ士官、猫ちゃんに缶詰めあげてくれてるんですか?」


「たまにな。ちなみに言っておくが、ゆめみたいに兵站局から盗ってきたやつではないぞ」



そう言ったクラサメの目は細められていた。
マスクで分からないが、きっと笑ってくれているんだろう。

あれ以来、あまり2人きりで話す事が無くなったふたりにとって、久々の懐かしい時間だった。


クラサメが笑ってくれたかと思うと、自然とゆめも笑顔になる。



「ふふっ。クラサメ士官が盗んでたなんて、大変ですからね。」



猫ちゃんは美味しそうに缶詰めを平らげてしまっていた。
そしていつの間にそんなに仲良くなったのか、食事を終えた猫ちゃんはクラサメの膝に飛び乗ると、そこで身体を丸くして寛ぎ始めた。



「あれ、猫ちゃん、わたしじゃなくてクラサメ士官?ちょっとだけ妬けちゃうなぁ〜」


「ゆめにはにゃんサメ君がいるからな。猫も妬いてるんだろう」



ふたりでゆめの腰にぶら下がるにゃんサメ君を見ると、顔を見合わせて微笑みあった。



「あ、そうそうクラサメ士官。お昼まだですよね?サンドイッチ、一緒に食べませんか?」



紙袋を上に掲げてクラサメに問う。



「ああ、そういえばまだだ。ご好意に甘えようか」


「はいっ!」



ゆめは紙袋からサンドイッチと紅茶を出すと、クラサメに差し出す。



「クラサメ士官、どうぞ」


「ああ、すまない。戴くよ」



マスクを取ったクラサメを久々に見た。
普段マスクで隠しているし、あまり見てはいけないと思い、ゆめも前を向きサンドイッチを頬張る。



「お前たちになら、素顔を見られることに躊躇しない」



突然のクラサメの言葉に驚く。
今の自分の頭の中を読まれたかと思う内容だった。

”お前たち”とは、ゆめとリヒト、エミナ、カヅサの事だろう。

今でも仲間として信頼し、クラサメの特別でいられている事が嬉しかった。




「キミは、この姿をどう思う…」


「クラサメ士官の勲章です。仲間を大切に想う証です。とってもかっこいいです。……あっ、かっこいいなんて、不謹慎でした…すみません」


「いや、いいんだ。傷を残す事をいってるんだろう?ありがとう。キミの優しさだ」




食事を終えたクラサメは再びマスクを付ける。



「そういえば、この猫には名前は無いのか?」



クラサメは膝の上で眠る猫ちゃんに視線を落としながら、ゆめに尋ねる。



「あ、はい。名前は付けていません。ここによく来るから、他の候補生たちも顔見知りかもしれないし。いろんな人から名前付けられちゃったら、猫ちゃん混乱しちゃうかな、と思いまして」


「そこまで考えていたんだな。感心する。けど、いいんじゃないのか?どうやら他の人間には餌はもらっていないようだ」


「そーゆうことでしたら、付けてあげましょう。えーと…サメにゃん?とかどうです?」


「どうしてまた私の名前が掛かっているんだ。だとしたらゆめにゃんでいいだろう」


「それじゃあ変だし、この子男の子ですから。」


「もっと他に無いのか?私に名付けのセンスは無い」


「うーんと…アメ、はどうです?」


「アメか。猫っぽくていいんじゃないか」


「アメにしましょう。よかったね、アメ。」



ゆめはすやすや眠るアメの身体をそっと撫でる。

ふたりで名前を考えるなんて、ちょっぴり気恥ずかしい感じがして、ゆめは微かに頬を赤らめた。



お互い仕事がひと段落していたので、それからもう少しだけ会話をする。


やはりふたりでいる時間は、楽しく、そして安らげた。

やはりこのひとが好きだ。
と、再認識する時間でもあったが、同時にそれをかき消さなくてはならない寂寥感を覚えた。



「そろそろ行こう。私はこれから講義がある」


「はい。お話聞いてくださってありがとうございました」


「キミも、サンドイッチと紅茶、ご馳走様。美味しかったよ」


「はいっ。…また、時間があれば、ご一緒しましょう?」


「ああ、そうだな。アメも一緒に」



そうしてふたりは裏庭を後にし、それぞれの向かう先へと別れた。



その直後、ゆめのCOMMに通信が入る。



「はい。ゆめです」


『私よ。ゆめ、あなたに話があるの。私の部屋にいらっしゃい』


「アレシア局長…!はいっ、すぐに向かいますっ」



ゆめはCOMMを切ると、魔法局の奥にあるアレシアの部屋へ急いだ。





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