短編 2
□《愛を灯して》
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授業を終た放課後のクリスタリウムには、ふたり仲睦まじく肩を並べて、テーブルいっぱいに資料を広げているクラサメと名無しさんの姿がある。
「テストの問題考えるのも大変だね」
「生徒たちの事を考えて優しい問題にするなよ。名無しさんならやり兼ねない」
「1+1=2とか?
大丈夫だって」
顔を見合わせクスクスと笑いながら楽しそうな雰囲気を醸し出している。
クラサメは目を細め、愛おしそうに名無しさんの頭を撫でた。
「もう少しで、結婚して1年になるな」
「うんっ。毎日楽しくてほんとにあっという間だった」
「たまに言われるんだ。
いつも仲の良さそうな俺たちが羨ましいって。名無しさんの作るお弁当も褒められる」
「えへへ、それは照れるね。
私も、今日生徒たちに言われたよ?いいなぁ羨ましいって」
「あまり見せつけると妬まれそうだな」
「確かに」
静かなクリスタリウムに響かないよう、肩を揺らしながら笑い合う。
家でやれよ。
なんてたまに言われるが、中でも外でもこれだから、なかなかのバカップルだ。
名無しさんは作業の手を止め、リフレッシュルームで買ってきたドリンクに口をつけた。
いつもは温かい飲み物をよく飲んでいる名無しさんだが、今日はいつもと違うものを飲んでいる。
クラサメもそれに気付いた。
「レモンスカッシュか?めずらしいな」
「うん。なんだかさっぱりしたものが飲みたくて。たまに飲むとおいしいね」
そう言ってクラサメの方を向くと、レモンスカッシュを手に持ちかざして見せた。
その手がなんだかか弱い。
「名無しさん、少し痩せたように見える。確かに最近食べる量が少ないな……」
弱々しい彼女の腕を取り、その手のひらを握る。
そして心配そうに名無しさんを見つめた。
「そう?自分じゃ変わったように思わないんだけど…」
「名無しさんの変化ならすぐ分かる。無理はするな、何かあったらすぐに言って欲しい」
「わかった。ありがとうクラサメさん」
ちょうどそれと同時に、付近を通りかかる人の気配があった。
生徒たちはみんなこの状況を発見すると、何も見なかったように静かに立ち去るが……。
その影はなんの躊躇もなく2人の世界に割って入った。
「相変わらず仲睦まじいね、クラサメ君もずいぶん丸くなったもんだよ」
カヅサの姿を見たクラサメは視線を外すと、今にもため息をつきそうな程呆れたような顔をした。
そんなクラサメの態度に、カヅサは可笑しそうに微笑む。
「カヅサくん、今日はよく出歩いてるね」
「ああ、本当に。僕に用があるなら出向いてもらいたいところなんだけどね」
「いいじゃない、たまには。院内で1日にカヅサくんに2回も会うって、なんだかレア感あるし」
「ツチノコよりかはレア度は落ちるけどね」
「ふふっ、それは言えてる」
「名無しさん、今日カヅサに会っていたのか?」
会話には入らず手元の資料を眺めていたが、なんだか仲良しな2人のやりとりが気になった。
それに気が付いているカヅサは、また可笑しそうに微笑む。
「うん。お昼に食堂で。
カヅサくん、ほんとにありがとね」
「ああ、あれから大丈夫なのかい?」
「うん、もう大丈夫」
「?どうした、何かあったのか」
「ちょっと立ちくらみしちゃって。ちょうどカヅサくんが通りかかって助けてくれたの。
ほんと気を付けないとダメだよね、わたし」
名無しさんは眉を下げて情けなく笑う。
やっぱり体調が良くないんだと分かったクラサメの顔は険しくなった。
「大丈夫ならいいんだけど、名無しさん君前より華奢になった気がしたよ。
前はもっとこう、いい具合に肉付きが良くて……そう!柔らかかった」
「お前な、わざとらしいぞ」
「本当のことだからね。
おっと、そろそろ研究に戻らないと。それじゃ、また」
ひとしきり遊ぶと、クラサメが苛立ちはじめたのをきっかけに、カヅサはそそくさと研究室に戻って行った。
「カヅサくんてば、変な言い方するんだから」
「いつからなんだ」
「え!?違う違う!カヅサくんとは何でもないよ!そもそも女の子にあんまり興味無いんじゃない?」
「違う、名無しさんの体調だ。いつから悪いんだ」
「あ、わたしの体調ね」
誤解されたと思ってムキになってしまった。
顔が熱い。
自分とカヅサの事で妬いてくれたのかと勘違いした自分が恥ずかしいし、違ったのが少し寂しい。
「いつから、なのかな……。先週とかかな」
「そんなに曖昧なのか?自分の体の事だろう」
「ちょっと調子悪いだけだと思って、あんまり気にしてなかった……ごめんなさい」
しゅん、とうなだれてしまった名無しさんの姿を見て、我に帰った。
責めるつもりなんてなかったのに。
クラサメは、俯いて垂れた名無しさんの髪を梳くと、そのままそっと頭に手を添えた。
「すまない、名無しさんは何も悪くない。自分が……子供なだけだ」
「……え?」
「カヅサと、仲の良さそうな姿が、少し……。もちろん名無しさんの交友関係に口出しするつもりもないし、そもそもカヅサは昔からの仲間なんだ。妬く方が間違ってる……」
「クラサメ、妬いてたの……?」
「………すこし」
沈んでいた名無しさんの顔が、みるみる緩んでいく。
恥ずかしそうに顔を逸らすクラサメが可愛くてとても愛おしい。
きゅん、と胸を締め付けられた名無しさんは抱きしめたい衝動を抑え、かわりにわしゃわしゃとクラサメの髪を撫でまくった。
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