短編 2
□《今なら素直に好きと言える。》
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世界からクリスタルが消え、荒れ果てた大地の復興作業が進む。
ここ、ルブルムの魔導院周辺でも毎日忙しく人々が働き回っていた。
「いてて……ああ、早く研究室にこもりたいよ……」
「カヅサ、研究室に戻るのは街が全て元どおりになってからだ。もっとも、運動不足にはちょうどいいんじゃないか?」
「カヅサ君、いい身体付きしてるんだから、外に出ないの勿体無いヨ?ほら、あの子たち初めて見たアナタに釘付け……かもよ」
「あれはクラサメ君を見てるんだよ。それに僕はそーゆうのどうでもいい。クラサメ君さえいれば何もいらないよ。ね?」
「いや、意味がわからないな」
クスクスとエミナが笑う。
正直、またこんな風に昔のようなやり取りができるのが嬉しい。
平和ボケ?
平和にボケて何が悪い。
幸せに生活できる証拠じゃないか。
クラサメは魔導院周辺の復興作業の指揮をとっている。
街は壊滅状態のため、仮設テントや炊き出し、休む間もない日々を送っていた。
名無しさんはというと、傷を負ったり、病気を持つ人たちの看病をつきっきりでしている。
魔法というものがなくなり、医療の腕や技術のみで治療をしなければならなくなった。
「名無しさんさん、少し休んでください。ここは私が診ますから」
「ありがとう、デュース。じゃあ……すこしお言葉に甘えようかな」
「はい!」
名無しさんは診療所を出ると、外の空気をおもいっきり吸い込む。
久々に外に出た感じだ。太陽の光が眩しい。
キョロキョロとあたりを見回し、逢いたいあの人を探す。
クラサメさん、どこかな。
絶対働き詰めだから、すこし休ませないと。
……あ!いたいた。
「ねぇクラサメ君、たまには僕のことも構ってよ?クラサメロスなんだよ、クラロス」
「はいは〜い。処方箋出しておきますね〜」
「エミナ君、僕は至って真面目だよ。せっかく戦争が終わったんだ、僕だってクラサメ君と遊びに行きたいよ」
「お前と遊びに行く時間があるなら名無しさんと遊びに行く。お前と遊ぶのは名無しさんに予定がある時だ」
「な〜んだ、結局仲良しじゃない」
気付かぬ彼らに近づいて行くと、こんな会話が聞こえてきた。
なんとも微笑ましい。
名無しさんは頬を緩ませながら、そんな3人の輪の中に入っていく。
「クラサメさん、わたしと遊んでくれるの?嬉しいな」
「名無しさん!!会いたかった!」
「名無しさん君、久しぶりだね」
名無しさんの登場に、エミナはすかさず抱きつく。
「仕事はひと段落したのか?第2診療所を任されているんだろ?持ち場を離れてもいいのか?」
「もー!クラサメ君!せっかく合間を縫って来てくれたのに、チューの1つくらいしたらどうなの〜!?」
「い、いいのエミナ。責任のある仕事任されてるんだし、現場の指揮をとってるクラサメさんが気にするのは当然だよ、だから大丈夫、いいの」
「健気な姿だね。いい奥さんになるよ、名無しさん君は。クラサメ君はどうかな?……亭主関白っぽいよね」
「いちいちお前の言葉はカンに触るな」
「さ、ここは一旦僕らに預けて、少しふたりで休んで来なよ。たまには必要だろ?そーゆう時間」
「いいこと言うじゃないカヅサ君!少しだけ見直しちゃったよ?少しだけね」
「いや、だが………」
「いいから行きなさいっ!ほらほら早くっ!」
エミナとカヅサに無理やり背中を押されながら、魔導院内にある一時的に改装された仮眠室に押しやられた。
両思いになり、彼氏彼女の関係になったはいいが、こんな状況ではなかなかふたりの時間は取れなかった。
嬉しいけど、どうしよう…
先ほどの会話からすると、クラサメはあまり乗り気ではないような気がする。
そんなこんなで、名無しさんも少々意気消沈、みたいな感じだ。
「あの、ごめんなさい。仕事の邪魔、しちゃいました…」
「いや、いいんだ。あ、いや、違う……すまない」
なんだか、しどろもどろ。
少し様子のおかしいクラサメに、名無しさんはおずおずと近づき、そっと額に手をやった。
急な名無しさんの行動に、クラサメは驚きと緊張で心臓が跳ね上がった。
距離が近い、顔も近い。
「熱……は、ないか。
ちゃんと寝てますか?ごはん、食べてますか?」
心配そうに顔を覗き込み、まじまじと見つめてくる名無しさんの顔を見つめ返す。
なんだろう、この感じ。
すごく胸がぎゅっとして、ざわざわする。
そう思っていたら、無意識のうちに彼女を抱きしめていた。
今度は名無しさんが、驚きと緊張で鼓動を速めた。
「すまない、名無しさん……あんなことしか言えなかった。ほんとは、キミに会いたかったし、ずっとこうしたかった……」
「クラサメさん…」
「こんなに誰かを愛したことがないから、なんて言えばいいのか…どうしたらいいのか…自分の気持ちに素直に行動出来なかった。
その……すまなかった」
「ううん、いいの。素直に話してくれたから。それがすごく嬉しい」
ぎゅっとクラサメに抱きつくと、ぎゅっと抱きしめ返してくれる。
久しぶりに感じたお互いの体温に、ものすごく安堵した。
あったかい、もっとこうしてたい。
クラサメは抱きしめる腕を少し緩め、自分の胸に頬をすり寄せる名無しさんを見つめ、少し照れ臭そうに口を開いた。
「もう少し、素直になりたいんだが……」
「うん、なあに?」
「名無しさんに、甘えたい」
すごく顔が真っ赤だ。
第三者に見られたら絶対からかわれる。
「ふふっ、いいですよ?いつもはわたしが甘えてばっかりですからね?」
名無しさんは備え付けのシングルベッドに腰掛けると、トントンと自分の膝を叩く。
「膝枕」
クラサメはベッドに横になると、腰掛けた名無しさんの膝に頭を乗せ、マスクを外すとサイドテーブルに置く。
優しく髪を撫でる名無しさんの手が心地いい。
自然と瞼が閉じられる。
「甘えられるのも、いいね」
「甘えるのも、いいな」
小さく笑い合うと、クラサメの大きな右手が、名無しさんの小さな左頬を包み込む。
「名無しさん」
「なんですか?クラサメさん」
「いや、ただ、キミに好きだと言いたくて」
今日の俺はよく口が動く。
自分でもおかしいと思うほど。
ほら、あんな事を言うから、名無しさんが目を細めて照れ臭そうに笑ってる。
でも、本当のことだからな。
今日はいつも言えない事を、言えそうだから………
「本当は、キミともっと親身になりたいと思ってる。……けど、ここでソレはまずいからな、また今度だ」
意味深に笑って見せると、薄っすら赤かった名無しさんの顔は、みるみる真っ赤になった。
どうやら言葉の意味を理解しているようだ。
分からずにとぼけた顔をされるより、よっぽど都合がいい。
「もう……クラサメさんでもそんな事言うんですね」
「俺も男だからな。好きな女とふたりきりでいれば、そんな気も起こる」
「わたしも………起こるかも、そんな気」
「光栄だな」
チュ。
気が付けば、視界には名無しさんの顔。
どうやら彼女の方からキスをくれたようだ。
やはり、その顔は赤い。
そしてとてつもなく色っぽかった。
「今日は、これでお預けですね」
「そうだな。続きは、また今度だ」
end