短編 2

□《ゼロセンチ》
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今日は少し遅くなるから、合鍵で部屋に入ってて。

って、彼から連絡があったから、いま私は彼の住む高層マンションに来ている。
都会のど真ん中にある一流企業に勤める彼の住むマンションは、駅から歩いてほど近い。
改めて見上げても、地上からでは最上階は見えない。
商社に勤める私も、まぁそれなりのお給料なわけだが、いたって普通の木造アパート。
たまに見るこのマンションは、やはり圧巻だ。


エントランスでコードキーを入力し、ゲートを開け彼の部屋の前まで来る。

忙しい彼とはなかなか休みが合わず、ようやく明日、休日が重なった。
今日はお互い出勤日なのだが、何しろ明日は休みだ。
時間を気にせず一緒に居られる。



「おじゃましまーす…」



名無しさんは合鍵を使い、控えめに彼の部屋に入る。
久々に来たのだが、まぁまぁ片付いている。
もともと几帳面でキレイ好きな彼だ。
むしろわたしの方がガサツなのかもしれない。

バッグを置きコートを脱ぐ。
道中買って来たスーパーの袋を持ち、台所に立つ。
久々に会う彼に、温かい手料理を食べさせてあげたい。

こうして料理を作り彼の帰りを待つなんて、何だか夫婦みたいで嬉しくなっちゃう。



「名無しさん・スサヤ………なんて」



鼻歌を歌い、ウキウキ気分で料理を始める。
胸は弾むし、作業もはかどる。
彼の帰りが待ち遠しい。


遅くなるって言ってたから、早く作りすぎると料理が冷めるし、少しのんびり進めようと思っていた矢先、急にインターホンが鳴った。



「誰かな。何か荷物かな…」



インターホンの画面を覗くと、写っていたのはこの部屋の家主だ。



「あっ!!!」



名無しさんは軽く手を洗うと、パタパタとスリッパの音を立て玄関の扉を開けた。



「おかえりなさい、クラサメ!」

「ああ、ただいま、名無しさん」



クラサメは微笑むと、玄関のドアが閉まるとほぼ同時に、目の前の愛しい彼女を抱きしめ深いキスをする。
唇が離れると、名無しさんはクラサメの顔を見つめ嬉しそうに笑った。



「久しぶりだな、名無しさん。ずっと会いたかった」

「わたしも。少し寂しかったけど、会えてすっごく嬉しい」

「素直だな。寂しい思いをさせた分、今日も明日も一緒に居られる」

「うん。今日がすごく楽しみだったの」

「俺もだ」



仲良くリビングに入ると、クラサメはスーツの上着を脱ぎネクタイを緩めた。
名無しさんは先ほどの続きに取り掛かりにキッチンへ向かう。



「名無しさんの手料理か、嬉しいな」

「期待しないでね、そんなに得意ってわけじゃないから」

「キミの手料理は美味しいよ。いつもここにいて欲しいくらいだ」

「えっ………!」



急な彼の言葉に、名無しさんは頬を赤くしながら包丁の音を鳴らした。
そんな様子を見たクラサメは、とても気分が良さそうだ。
いつもは言えなさそうな甘い言葉が巧みに出てきそうな予感がする。

次第にキッチンからも、気分の良さそうな鼻歌が聞こえてきた。
そのBGMを聴きながら、クラサメは大きな本革のソファーに身体を委ねた。


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